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光の世界 11
「はぁ、はぁ」
原っぱを走りすぎて肩で息をしていると、流が優しく背中を撫でてくれた。
「兄さん、だいぶ息が上がっているな。ベンチで少し休め」
確かに慣れない公園遊びに、僕の体力は限界近かった。
座禅を組むのとはまた違う全身を大きく動かすことに、身体がついていかなかったのだ。
こんな時以前の僕だったら頑なに拒み、無理してでも貫いたに違いない。
ポキンと折れてしまうまで、己が休むことは許さなかった。
それでは駄目だと気付いたのは、世界の色を失った時だ。
流の顔が見えなくなり、初めて自分の過ちを知った。
だから流の言う通り、離脱した。
寂しくはなかった。
目が見えるようになってから、流との心の距離が一段と近づいた。
だから疎外感はなかった。
もう一人で歯を食いしばって頑張らなくてもいい。
僕には安心して任せられる信頼できる人が出来た。
それが流だ。
僕の弟であって弟以上の存在に、流はなっている。
公園のベンチに座り、流と薙が親子のように仲良く遊んでいる様子を眺めていると、ふいに、もうこのまま連れ去りたい心地になってしまった。
僕に非があり不利な条件で離婚した身だ。それは叶わぬ夢だと理解しているのに、いつか月影寺で薙と流と水入らずで過ごせる日が来たらいいのに……そんな淡い、淡い……愚かな夢を抱いてしまう。
一際大きな歓声があがる。
「よーし、休憩タイムだ」
「わーい!」
二人は原っぱの芝生の上に寝転がって、靴をポイポイ脱いで大の字になった。
「あー やっぱ身体を動かすのって気持ちいいよな」
「うん! とってもたのしかったよ」
「薙、この感覚を忘れるな」
「うん! なぎ、はしるのだいすき」
「むしゃくしゃするときは、とにかく身体を動かせ」
「うん、そうするよ」
流は薙相手に全力で遊んでくれた。
そして今また薙を導いてくれている。
その様子に、はっと気付いた。
そうか、そういうことか。
薙と流は、波長が似ている。
幼い流とそっくりじゃないか。
感情を持て余す度に庭に飛び出したり、布団の中で岩のように丸まっていた幼い流を思い出し、懐かしさが堪えきれずに、思わず涙ぐんでしまった。
あの頃は良かった。
あの頃の僕は、どこまでも真っ白で真っ直ぐに生きていた。
守りたい人を全力で守れた。
あぁ、胸の下に醜く咲くケロイド状の火傷痕がこんな時、僕を苦しめる。
汚れてしまったな。ずいぶん……
そっと胸に手をあてると、流の温かい視線を感じた。
兄さん、大丈夫だ、大丈夫だ。恥じるな、兄さんは何も悪くない。
言葉ではなく、心が寄せてくる。
流の懐に飛び込んでしまいたい。
もうこのまま……
だが現実は……
そのタイミングで彩乃さんからの連絡が入った。
冷たい声に、心が冷えていく。
「翠さん、今どこなの? あと10分で約束の時間よ。お稽古に遅れたくないから、時間は厳守してよね」
「あ……分かった。すぐに帰るよ」
そう、これが僕の現実だ。
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