波の綾 6

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波の綾 6

 流のおかでげ恙なく午後の棚経も終えることが出来た。  突然の雨に見舞われるハプニングはあったが、父に頼まれたことを遂行出来て、安堵した。  一歩一歩、父に近づいていきたい。  広くて大きな心の父のことは、住職としても父としても尊敬している。  父は僕に跡目を継がすために、厳しくも深く、僕を愛してくれている。  一つ一つの教えが心に染み入る。  渋谷の秋風寺では、学ばせてもらえなかったことばかりだ。  婿養子といっても、直接の血縁がない僕は結局は最後まで部外者だった。継がせる気はないと暗に感じる冷たい仕打ちの数々が、僕の心をじくじくと蝕んでいった。  もう地に足をつけて、ここ月影寺に骨を埋める覚悟だ。  僕には流がいるのだから、今、僕の心はどこまでも凪いでいるよ。  流を見ていると、薙を思い出す。  薙を見ていると、流を思い出す。    不思議な縁で僕達は繋がっていくのかもしれないね、この先の未来では――  その晩、寝付けなかった。  夜になって身体に変な熱が溜まっているのを感じた。  目を閉じると、まだ揺れているような心地になる。  流に抱きかかえられ下山する僕が見た光景がまざまざと蘇ってくる。  とても近い距離だった。  弟の裸の胸に胸が高鳴るとは……一体僕の心はどうなっているのか。  身体が火照って何度も寝返りを打っていると、ふいに呼ばれた気がした。  流……?  こんな時間に流が僕を呼ぶなんてあり得ない。  これは心の声なのか。  妙に嫌な予感がして流の部屋に覗くと、布団に丸まった流が低い呻き声をあげていた。 「ううう……」 「流、どうした? しっかりしろ」 「さ、寒い……なんだ……これ……」  ガタガタと布団の中で震える流。  これはきっと高熱が出る前兆だ。  僕はよく高熱を出すから分かる。  とにかく今は温めてやらないと。 「流……流……きっと風邪を引いてしまったんだ。昼間雨に打たれたから。僕のせいだ……本当にごめんよ。兄さんが助けるから……」  流が熱を出すなんて滅多にないことなので、動揺していた。 「兄さん? そ……こにいるのか」 「あぁ、いるよ。布団を足してあげるから待っていて」 「だめだ。兄さん、いくな」  グイと手を引っ張られ、そのまま僕は流の胸元に抱き寄せられた。 「昔みたいに一緒に眠ってくれよ」 「ば、ばか……何を言って……」 「……俺、すごく寒いんだ」 「あぁ、もう……」  熱が出来るまでの間、温めてやりたい。  僕は思い切って流を抱きしめた。  成人した弟の身体は、もう僕の手では抱ききれないほど逞しくなっていたが、僕は昔のように必死に身体を寄せて温めてやった。  僕の流……  大切な僕の流だから。    
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