一途な熱 6

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一途な熱 6

 転校初日をそつなくこなし、寺へ真っ直ぐ帰宅した。 「ただいま!」  玄関で声をかけるが、誰の返事もない。 「ちっ、母さん留守かよ。あー腹減った」  母屋には寄らず、直接離れの俺の部屋に入ると、小学六年生になる弟が机に向かって本を読んでいた。 「……丈は相変わらずだな」  弟だって転校初日だったわけで、俺から「どうだった?」と聞いてやればいいのだろうが、俺は翠兄さんのように優しく声をかけられない。  そもそも本に夢中で、俺が部屋に入っても、何の反応もない弟だ。勝手にしろ。 「あーあ、つまんねぇ」  そう口に出しても、静かな部屋のままだ。  こんな時、翠兄さんがいたら…… (流、どうした? 学校はどうだった?)  そんな風に優しい声を掛けてくれる翠兄さんの姿を想像しながら、俺は学ランのまま敷きっぱなしの布団に寝そべって、天井を見上げた。  早く俺も高校生になりてぇな。  二歳の歳の差が恨めしい。  翠兄さんと同じ高校に通いたい。  上手く行けば兄さんが高三の時、俺は高一か。  贅沢は言わない。  一年だけでいいから、同じ空間で過ごしたいんだ。  あーあ、やっぱり俺も中学受験して、兄さんと同じ学校に入っておけばよかった。今更悔やんでも仕方がないのに、そんな後悔も芽生えてしまう。  だが俺は兄さんと違って、勉強がからきし駄目だ。  好きなのは美術と体育だしな。  時計の針をみると、まだ夕方の四時過ぎだ。  兄さんは弓道をやっていて、今日は部活だから帰宅が遅いのは分かっている。なんとなく暇を持て余し、好奇心で隣の兄の部屋にそっと入ってみた。  机周りは整理整頓されていて、すっきりとしていた。だがよく見ると机の前に、何枚か写真が飾ってあった。 「ん……なんの写真だ?」  机の電気スタンドを付けて確認すると、一気に気分が悪くなった。 「なんだよっ」  驚いたことに兄さんが赤褌姿だった。  クラスメイトも全員同じ褌姿で、五人で肩を組んで笑っている。翠兄さんはその中心にいて、両肩をがっしりと体格の良い男に組まれていた。 「あっ! こいつはっ」  しかも右隣りの男には見覚えがあった。間違いない。今朝兄さんと肩を組んでふふんと鼻で笑った奴だ。 「くそっ、この写真いつのだ?」  よく見ると写真の下部にタイトル文字が印字されていた。  ー高1・夏期遠泳大会ー  今年の夏?  なんだよっ、こんなの聞いてねぇ!  引っ越しのドタバタで、兄が学校で何をやっているか分からない時期もあった。  今時、褌で遠泳なんて授業があんのか。  信じられないやら羨ましいやら……なんとも言えない変な気持ちになってしまった。  本当に翠兄さんの褌姿に唖然とした。こんな裸同然の姿を他の男に見せたなんて! そのことが無性に気になって、悶々とした気持ちが込み上げてくる。  そのまま写真を手に取って窓辺の壁にもたれて、いつまでも舐めるように夢中で眺めていた。  暮れ行く夕焼けの橙色に染まっていくのは、写真の中の翠兄さん。  淡麗な容姿。  ほっそりとした躰つき。  白く滑らかな肌。  翠兄さんは、どこもかしこも本当に綺麗だ。  俺はやっぱりおかしい。  女の子の身体じゃなく、兄さんの身体にドキドキするなんて。  窓から翠色の寺庭を見つめると、翠兄さんの姿が脳裏を過ぎった。  翠兄さんは……  大事な人。  宝物のような人。  俺だけのものにしたい人。  誰にも気安く触れさせたくない人だ。  この独占欲は変だ。  実の兄なのに……この執着はなんだろう?
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