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待宵 4
帰り道、翠兄さんから贈られた言葉を噛みしめた。
『僕が月影寺を守り続けるから、いつでも帰っておいで』
なんとも心強い言葉だ。
翠兄さんは、やはり月影寺に戻って正解だったな。
思い返せば、いつも凜として落ち着いた雰囲気の長兄だった。
それなのに、一時期とても危うい状況に陥ってしまった。
突然の結婚、月影寺の跡継ぎだったのに嫁さんの家へ婿養子に入るという突拍子もない行動に出たのは何故だったのだろう?
結局子供を置いての離婚、事故で大怪我をして視力まで失って……
あの頃の翠兄さんは傷だらけでボロボロだった。
精神的にも追い込まれていた。
だが今日の翠兄さんは、すっかり元通りになっていた。
本当に良かった。
私や次兄とは全くタイプの違う優しく柔らかな美しい顔立ち。端麗な蓮の花のようにたおやかで、見惚れてしまう程だ。
背丈も兄弟の中ではいつの間にか一番低くなっていたが、その気高さは変わらない。
幼い頃から仏門を目指し修行を積んできた人だから、気力でどん底から立ち直れたのか。
いや違うな。
もっと大きな何かを得たような顔付きだった。
それが何かは、私には分からない。
電車の中で、久しぶりに肉親に触れてもらった手をじっと見つめた。
私は、この手で何を掴めるのか。
また翠兄さんの言葉が降ってくる。
「丈……この手で沢山の人の命を救っておくれ。そして身体だけでなく、心も救えるお医者様になっておくれ」
心を救う医師だって?
私はそんなたいそうな人間ではない。
だが翠兄さんが言うように、胸を焦がすような出逢いがあれば、そうなりたいと願うのだろうか。
ずっと感情の起伏のない淡々とした人生だった。ただ医師にならねばという得体のしれぬ使命に動かされて、ここまでやってきた。
もしかしたら……いつか巡り逢う人のために、感情という力をセーブしているのか。
ふっ、柄にもなく現実離れしたことを……
インターンが終われば、どこかに就職してまた淡々と生きていくだけだ。
私はなんのために生まれたのか。
ずっと掴めないままだ。
だからこそ……翠兄さんの私のこの手が誰かの役に立つかもしれないという言葉は、何かが目覚める一声だった。
祖父の十七回忌の法要からあっという間に一年が経過した。
インターンを終えた私は品川駅近くの製薬会社に、メディカルドクター兼研究者という特殊枠で就職した。
大学病院勤務ではなく、この道を選んだのは……
一人が好きだからだ。
大病院で大勢とやっていくのは性に合わないと、インターンを経て判断した。
だから実家に戻るつもりのない私は、好待遇で住居をあてがってくれる会社を冷静に探した。
就職先の製薬会社は、会社まで車で30分程度の場所に、テラスハウスを特別に用意してくれるという好待遇だったので選んだだけで、特に思い入れもない。
「ここが私の家か」
街外れの白い洋館は、想像よりも大きく明るい雰囲気だった。
「悪くない。一人暮らしではもったいない程の広さだな」
一応、実家には知らせておくか。
あれからずっと帰省していないが、一応どこで何をしているかだけは知らせておこう。
翠兄さんがいらぬ心配をするからな。
だから真っ白なカードに『Just Moved』と、新居の住所だけ書いて投函した。
何かが少しだけ、変わるそんな予感を共に――
あとがき
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今日は丈視点でした。
徐々に『重なる月』の冒頭に続く物語となっていきます。
宜しくお願いします。
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