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街宵 10
最近、月日が経つのが早い。
あっという間に僕は33歳、流は31歳、丈は29歳に。
そして僕の息子の薙は9歳、小学3年生になっていた。
海里先生との約束を契機に、目標のある人生に生まれ変わったからなのか。
辿り着きたい未来を見据えているからなのか。
僕は生きることに俄然前向きになっていた。
だが張り切り過ぎたのか、根を詰めすぎてまた風邪を引いてしまった。
どうして僕はこう寝込みやすいのか。
もっと強くなりたいと願うのに、持って生まれた体質が恨めしい。
今日はせっかく薙と会えると楽しみにしていたのに、昨夜から高熱を出してしまうなんて。
彩乃さんに連絡をすると、薙は沢山の習い事をしているので日程を変えるのは無理だと、無下に断られてしまった。
朝になっても下がらない熱にやきもきしながら横になっていると、今度は彩乃さんから電話がかかってきた。
「悪いけど、急な仕事が入ったのよ。実家の両親も忙しいし、そもそも翠さんに預けるつもりだったから困るわ。まだ熱は下がらないの?」
「ごめん」
「……じゃあ誰でもいいから、薙を今日預かってくれない?」
「あ……それなら僕の弟を行かせても?」
慎重に慎重に窺うと、彩乃さんは急いでいたのか「そうしていいわよ」と言ってくれた。
僕の気持ちは一気に晴れた。
熱は下がらないけれども、明るい光がさしてきた。
早速流に話すと快く受けてくれた。
「兄さん、早く良くなれよ」
「……熱、まだ下がらないんだ」
しばしの別れに、つい弱音と甘えを……
自分が頼んだくせに僕は何を言って?
恥ずかしくなり流の顔を見られないよ。
慌てて寝返りを打ってしまった。
「……すぐに帰るよ。沢山土産話を持って帰ってくる」
「うん、ありがとう」
「熱、まだ高いのか」
「分からない」
「どれ?」
背後から流の手が伸びてきて、僕の額に触れてくれた。
素肌の温もりに、涙が出そうになる。
もっと触れて欲しい。
もっともっと――
熱で弱気になっているのか、僕は脆くなっていた。
「大丈夫だ。熱はじきに下がる。すぐに良くなるさ。次は一緒に会いに行こう。俺も翠といつも一緒がいい」
流の言葉は温かく、僕の心を慰めてくれた。
僕は無言でこくんと頷いた。
****
オレの予定は二転三転した。
顔には出さなかったが明日は父さんと会えると楽しみにしていたのに、なんだよ?
急にダメになったって、どういうこと?
オレに会いたくないのかよ?
また前のように突然消えちまうのか。
母さんは相変わらず必要最低限のことしか教えてくれないので、朝からふてくされていた。
せっかく今日は一緒に遊べると思ったのにな。
すると母さんに呼ばれる。
「薙、今日は仕事が入ったからもう出掛けるわ」
「ふーん、オレは?」
また母さんの実家に預けられるのかと思うとがっかりだ。せっかくあの重苦しい寺から出てマンション暮らしになったと思ったのに。
会いたくない……あの人達はオレを邪険にするから。
「今日は翠さんの弟が迎えに来てくれるから、その人に相手してもらって」
「……えっ」
「覚えているでしょ?」
「あ、うん」
「じゃあ、急ぐから早くあなたも支度をして」
母さんとマンションの玄関で待っていると、緑色の車が停まった。
「薙! あ、どうも」
「……任せたわよ」
「確かにお預かりします」
少しぎこちない会話の後、オレは流さんの車に乗り込んだ。
「父さんは?」
「今日は熱を出してこられないんだ」
「え? 父さん、大丈夫なの? また具合が悪くなったんじゃないよね」
そこまで捲し立てると、流さんに頭を撫でられた。
「心配してくれてありがとうな。兄さんは泣くほど悔しがっていたよ」
「そ、そうなんだ。オレは別に……」
「薙、素直になれよ。父さんに会いたかったんだろ?」
「そんなことない! いつも流さんだけでいいのに」
「ふっ、やっぱりお前は俺に似てるな」
「……どうとでも」
昔はもっと素直に父さんに甘えられたのに、最近は突っぱねてばっかりだ。
でも本当は、心の底ではすごく心配もしているし、すごく会いたい人なんだ。
「行くぞ」
「どこへ?」
「お前の行きたい所に連れて行く」
「まだ何も言ってないよ?」
「俺には分かる」
車は夏休みに通った道を行く。
「もしかして……」
「月影寺だ」
「いいよっ」
「心配してるんだろ。父さんの顔を見れば落ち着くさ」
参ったな。
流さんにはオレが隠す気持ちがバレバレだ。
家では父さんのことを話せないから、ずっと我慢していた気持ちまで見破られそうだよ。
「薙はパパッ子だもんな」
「んなことない」
「ははっ、まぁいいか。俺もそんなんだったよ。だが言葉を隠してばかりじゃ駄目だぞ。ちゃんと声に出して伝えなくてはいけない時もある」
「……分かった」
月影寺に着けば会いたくなる。
ここは父さんの匂いがいっぱいする。
至る所に父さんがいそうなんだ。
参ったな。
会いたい――
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