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街宵 11
ぐっしょりと寝汗をかいて目覚めた。
汗をかけば一時的に熱は下がるので、気分は少しだけ良くなっていた。
そこで上半身を起こすと、溜息が出た。
「……情けないな」
30を過ぎた男が、風邪を引いて寝込むなんて。
そこにノック音が……
「翠、起きているの?」
「あ、母さん……はい、今起きた所です」
母さんが水を持って入ってきた。
「具合はどう?」
「……少し楽になりました」
「あら、酷い寝汗をかいたのね。冷やすと悪化するから早く着替えないと……ええっとパジャマどこだったかしら?」
「……箪笥の一番上の引き出しです」
「あなたのことは流に任せっきりだけど、今日だけは母親らしいこともさせてね。さぁ着替えて……手伝う?」
張り切ってパジャマと下着を持ってきてくれたが、僕は母の目の前では着替えることは出来ないので、首を無言で横に振る。
「あ、そうよね。じゃあお粥を作ってくるわ」
「すみません」
僕の胸の火傷痕は、母にはどうしても見せたくなかった。せっかく綺麗な身体に産んでもらったのに、こんな醜い傷をつけてしまい申し訳ない気持ちで一杯だ。
駄目だ、落ち込むな、翠。
こんな時は海里先生の言葉を道標に。
いつか消える、きっと消える、そう信じて……顔を上げて生きていこう。
海里先生から有益な治療方法を聞くことは叶わなかったが、先生の言葉は、僕に希望を抱かせてくれた。
パジャマを着替え終えると、どこからか可愛い笑い声がした。
僕の息子、薙の声と似ていた。
そんなはずはない。
今頃、流と渋谷で会っているはずだ。
そうか、幻聴が聴こえる程、僕は会いたいのだ。
何日も前から楽しみにしていたのに、よりによってこのタイミングで熱を出すなんて、なんとも間が悪い。
それにしても、ひと月にたった1日しか会わせてもらえないなんて――
薙の成長に僕が追いつけないよ。
どんどん成長していく薙は、最近あまり僕と話してくれなくなった。
まるで昔の流のように――
でもね、どんな薙でもいいよ。
薙は、僕の大切な息子には変わりないから。
鏡に映る僕の顔色は、冴えなかった。
くたびれた顔をしているな。
きっと精進が足りないのだ。
父にも「翠は何をそんなに焦る? 一歩一歩踏みしめて歩まないと思わぬ所で足をすくわれるぞ」と窘められたばかりなのに、風邪を引いたせいで昨日今日と迷惑をかけてばかりだ。
本当に僕は不甲斐ない男だ。
駄目だな、流がいないと……僕はこんなに弱くなってしまうよ。
気持ちを入れ換えたくて窓を開けようとした時、竹林の庭を流と薙が楽しそうに歩いているのが見えた。
「えっ?」
一瞬、これも幻覚だと目を擦ったが、何度瞬きをしても二人はそこにいる。
夢ではなかった。
どうして、ここに?
流が連れて来てくれたのか。
薙もここに来たいと思ってくれたのか。
僕の心臓はどんどん高鳴っていく。
今日はもう会えない。来月まで会えないと諦めていたから嬉しい。
慌てて布団に潜って、それから起きて……
薙が来たら何を話そう? あ、でも僕は熱があるから会えないのか。
あれこれ考えていたら、またクラクラしてしまった。
具合が悪くなったのではなく、嬉しさで鼓動が早くなっているようだ。
参ったな。
我が子に会えるだけで、こんなに胸が高鳴るなんて。
一緒に暮らしている時は、そんなの当たり前だと、いつまでもすぐ傍で成長を見届けらると思っていた。
窓にコツン、コツンと小石があたる音がする。
これは帰宅が遅くなった流がよくした合図だ。そっと窓から顔を出すと、薙は照れ臭そうにさっと流の後に隠れてしまった。
だが薙の気持ちは届いた。
僕のことを心配してくれてありがとう。
会いに来てくれてありがとう。
ありったけの気持ちをこめて、微笑むと、流の声が届いた。
「兄さん、起きていたのか。熱下がったなら、少しそっちに行ってもいいか」
「うん、今は下がっているよ、でも風邪をうつしてしまうから、窓越しで……」
「んなこと言うなよ。そっちに連れて行く」
こういう時、多少強引な流に救われる。
「僕も少しでもいいから薙に会いたい。ずっと会いたかったんだ」
言葉は惜しむことなく伝えよう。
僕には会える時間も機会も限られているから。
「よかったな、薙」
「う、うるさいなぁ」
「ははっ、薙は俺に似て素直じゃないな。まぁいい。お前くらいの時、俺もそんなだったさ」
僕と薙だけでは深刻になってしまうシーンも、流は軽々と跳び越えてくれる。
その後、部屋に流と薙が来てくれた。
薙は相変わらず恥ずかしそうに外方を向いていたが、「父さん、早く治るといいな」とぼそっと呟いてくれた。
すっかり大人びた話し方をするようになったが、そんな大人ぶるところも可愛くて、僕は幸せな気持ちになった。
だからごめんねではなく、ありがとうと言おう。
「薙、会いたかったよ。会いに来てくれてありがとう」
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