街宵 14

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街宵 14

 流さんからの電話で、いっきに心がポカポカになったよ。  オレの誕生日に遊園地につれて行ってくれるの?    本当に? ウソじゃないよね?     母さんには何度も約束をすっぽかされたから、つい、うたがってしまう。    でも、流さんはオレにうそをついたことないから、きっと本当なんだ。  すごい! あそこ行ってみたかったんだ。  ワクワクしてくる。    するとガチャガチャと玄関が開く音がして、母さんが帰ってきた。 「薙、遅くなってごめんねー 寂しかった?」 「……別に」 「そうよね。薙はひとりでも大丈夫な強い子だもんね」 「……」  母さんは相変わらずだ。  いつも勝手にオレの性格を決めていく。  習い事も小学校も、ぜんぶ母さんの言うがままだ。    オレの気持ちは、いつも聞いてもらえない。 「ほら見て! 薙の大好物のモンブランを買ってきたの。フランス直輸入のモンブランで高かったし行列だったのよ。嬉しいでしょ?」 「……」    夕食よりもケーキ?  ふーん、そっかケーキを買う時間はあったんだ。  モンブランが好きだったのは、父さんが栗好きだったから。  そういえば、父さんってさ甘いものが好きだったよな。  とくに和菓子が好きだった。 …… 「なぎ、寄り道していこうか」 「うん、どこに?」 「甘味屋さんだよ」 「なぎ、おもちしゅき」 「父さんもだよ。薙は僕に似たのかな?」 ……  なかよく手をつないで歩いた夕やけ色の道。  なつかしいな。  母さんには言えないことばかり、心の中で思い出していた。 「薙、こっちに来てよ。私にはあなたしかいないわ」 「……さわるなよ」 「男の子は可愛くないわね、もう反抗期かしら」 「……」    母さんの気まぐれな愛情が息ぐるしい。  こんな生活をずっとしていたら、きっとへんになる。  へんになっちゃうよ。   ****  月影寺に戻ると、真っ先に翠の部屋に向かった。 「翠、起きているか」 「あぁ、流、ありがとう。それで、薙は間に合った?」 「余裕だったよ」 「そうか、良かった」 「……」  今日見たことを翠に伝えようか迷ったが、心を痛めるだけだ。  まだ怠そうで熱っぽい翠には、どうしても伝えられなかった。 「薙、どうにかしてやりたいよ」 「……本当に僕は自分が不甲斐ないよ。どうしてあの日あんな場所へ行ってしまったのか。事故に遭った場所と状況が悪かった。そのせいで、かなり厳しい条件になって悔しいよ」    一番触れられたくないことをわざわざ話すのは、翠が自虐的になっているからだ。 「もう言うな。今はよせ」 「流……ごめん。僕……薙にこのままだと恨まれてしまう。きっと成長すると共に、薙は心を閉ざしてしまう」 「馬鹿言うな。翠はいつも先のことばかり案じて……なぁ、目の前を見てくれよ、俺がいるのに、俺を見てくれよ」 「流……」  落ち込む兄さんを慰めてやりたくて、薙にしてやったように遊園地の話を切り出すと、兄さんも気持ちを持ち上げて微笑んでくれた。 「遊園地! 流石、流だね。いいアイデアだよ。あぁ、今から楽しみだ」 「だろ? だから体調を整えてくれよ」 「うん、もう風邪を引いている場合じゃないね」 「そうだ、それでいい」  兄さんが俺の手を握ってくれる。 「流、ありがとう。僕、もっと強くなるよ。もっと心を鍛えたい」 「……無理だけはすんなよ、疲れたら肩を貸すから」 「うん」 ****  年の瀬に、珍しく丈から電話があった。 「……兄さん、ご無沙汰しています」 「ご無沙汰も何も、あれから一向に音沙汰がないから心配したよ」    丈とは一度だけ横浜のホテルですれ違った。  あの時は、僕は彩乃さんを抱く直前で、丈も華やかな女性と意味ありげな様子だった。だからお互いに声を掛けあえる状況ではなかった。     数年前から製薬会社のメディカルドクターをしていると聞いていたが、その後どうしたのだろう? 「お正月位、帰ってきたらどうだ? 一度ゆっくり話したい」 「すみません、今は日本にいないので無理です」 「え?」 「実は今、ソウルで働いています」 「えっ! いつの間に海外に? そんなの聞いてないよ」 「だから、よいお年をお迎え下さい」 「あっ、待って」 「何です?」 「前に話したことを覚えているか。いつでも戻っておいで、ここは丈の家だよ。だから気が向いた時には連絡を」 「……ありがとうございます。当分こっちにいることになりそうです」 「そうか……丈も良い年を」 「では」  かなり一方的な電話だった。  勤めている会社も住んでいる場所も教えてはくれなかった。  何か事情があるのかもしれない。  丈なりに、元気にやっていることを知らせてくれたのだ。  そう思えるのは、丈の声が今までになく力強かったから。  もしかしたら丈も出逢ったのかもしれない。  運命の相手と――  守りたい人が出来ると、人は強くなる。  僕も薙と流を守れるよう、強くなる。  そして、いつか丈が戻って来る日のためにも、月影寺の安寧を保ちたい。  精進しよう。  必ず夜は明けるのだから――                                    街宵・了
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