暗中模索 1

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暗中模索 1

 新年を迎えたと思ったら、あっという間に2月になっていた。  いよいよだ。  1月は薙と会えないことが事前に分かっていたので、本当に待ち遠しかった。  今日は薙の10歳の誕生日当日だ。  日曜日と誕生日が重なるなんて幸運だ。  1月に会えなかった代わりにと彩乃さんに頼み込んで、誕生日当日に面会出来ることになっていた。  待ち遠し過ぎて、夜も明けきらぬうちから目覚め、そわそわしていると流がやってきた。 「兄さん、やっぱりもう起きていたんだな」 「ん……待ち遠しくてね。今日は何を着ていこう?」 「……今日は午後から雪になるかもしれないそうだ。なぁ、遊園地は寒すぎるからやめておかないか。屋内で楽しめる所でもいいんじゃないか」 「えっ、そんな……」  それは嫌だと子供みたいに首をブンブン振ってしまった。 「そう言うと思ったよ。兄さんは、こうと決めたら真っ直ぐ進む人だもんな。じゃあ暖かくして出かけよう。風邪を引いたら大変だからな」 「あ……僕は自分のことしか考えていなかった。恥ずかしいよ。薙が風邪を引いたら大変だから、遊園地はやめておいた方が……」  急に不安になってしまう。  僕との面会が原因で薙が風邪を引いたら、彩乃さんは立腹するだろう。 「おいおい、弱気になるな。俺が悪かった。兄さんを試すようにことを言ったばかりに……薙は今日、遊園地に行く気満々だぜ。前回からずっと楽しみにしているはずだ。だから、とにかく行ってみようぜ。雪が降ってきたらその時はその時だ。都度、判断すればいい。薙も勝手に行き先を変えられるのは望んでいない。自分で寒さを体感すれば納得できるだろう」 「なるほど、流は冷静に物事を捉えているんだな」  以前の流だったら、こんな風に話せなかった。  僕は流が爆発しないように止めるのに必死だった。 「薙とは性格が似ているからかな、手に取るように分かるんだ。それより……兄さん、今までごめんな。俺が冷静さに欠けていたから、兄さんに負担ばかりかけてしまった」 「全部僕がしたかったことだ。後悔はない」  そう言い切れるよ。  過去は過去。  あの瞬間、瞬間で、僕はその時出来る最善を尽くした。  後から考えると間違っていたかもしれない。違う道もあったかもしれないが、全部……僕が自分の意志で選んだ道だった。 「……翠はいつも凜としていてカッコいいよ。憧れる。さぁ支度をしよう」 「うん、早く、早く」 「……随分素直で可愛いな」 「え?」 「いや、何でも」  衣食住は流に任せると決めた時から、僕は流に対してぐっと素直になった。 「まぁ、翠ってば雪だるまみたいよ」 「母さん、これは流が……」 「分かってるわ。お兄ちゃん想いの流の仕業だってことくらい。翠、今日は薙のお誕生日ね。赤ちゃんだった薙が10歳だなんて、月日が経つのは早いわね」 「はい」 「今日は楽しんでいらっしゃい」 「お休みを下さってありがとうございます」 「当たり前よ。あなたが薙との面会が最優先よ」 「翠や、楽しんでおいで。これで温かいものでも飲みなさい。流、頼んだぞ」  父さんも母さんも、理解があって嬉しいぞ。  翠の気持ちを、翠の心を最優先してくれてありがとうな。    それから、俺を同行させてくれてありがとう。 「流、しっかり頼んだわよ」 「あぁ、しっかり見守る」  もう突っ走らない。  翠の気持ちが最優先だ。 「じゃあ行ってきます」  俺たちは一路、薙の元へ。 **** 「薙、起きたの? あのね、今日は美術館のパーティーで、案内の仕事があるから遅くなるわ。だけどあなたはちゃんと時間通りに戻ってきてね。17時までには戻るのよ」 「……」 「あぁ、遅刻しちゃうわ。じゃーね!」  朝早くから、母さんはばっちりメイクにドレス姿。  ロングコートを翻して出かけていった。  あのさ、今日はオレの誕生日なんだけど…… 「まぁ、いっか……」  机の上にはコーンフレークだけ。    もうなれたけどな。    母さんって、実家にいる時とは別人みたいだ。  本当は家事や子育てなんて好きじゃないのかも。  じゃあ、どうして父さんと結婚して、オレを産んだの?  意味わかんないよ。  オレはようやく10歳になったばかり。  もっと大きくなったら分かるのか。  分かりたくないことも……全部知ってしまうのか。  ひとりで朝ごはんを食べて、適当に着替えて、外に出た。  腕時計を見ると、約束の時間より20分も早かった。  バカみたいだ。  これじゃ、早く父さんに会いたくて待っている子みたいだ。  それでも母さんの香水の匂いがたちこめる家にはいたくなくて、マンションのエントランスに向かった。  すると…… 「えっ」  エントランスには白いマフラーを巻いた父さんが立っていた。  20分も前なのに、もういるなんて。  オレを見つけるとタタッと駆け寄って、オレの目線までしゃがんでくれた。 「薙、10歳のお誕生日おめでとう」  それから流れるような動作で父さんは自分のマフラーを外して、オレの首元にふわりと巻いてくれた。 「な、なんで?」 「……首元が寒そうだから」 「あのさ、オレ……時間……まちがえたんだ」 「……そうだったんだね」 「ほ、本当だから」 「うん、分かった。待ち遠しくて……早く着いてしまったんだ」  本当は、すごく嬉しかったのに…… 「ふーん、そうなんだ」  素直になれないのに、父さんは優しく微笑んで今度は手をつないでくれた。 「子供じゃないから、もう」 「遊園地に行かないの?」 「行く!」 「じゃあ、行こう!」  いつになく明るく元気な父さんの様子に、オレの胸もどんどん高鳴っていく。
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