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暗中模索 2
翠がこの日をどんなに待ち望んでいたか。
薙がこの日をどんなに待ち望んでいたか。
俺には双方の気持ちが、手に取るように伝わってきた。
やっぱり予定より30分早く到着して大正解だな。
待ちきれなくてそわそわしている翠を、早めに連れ出して良かった。
来客用の駐車場に立っていると、翠のマフラーを巻いてもらった薙がまんざらでもない表情で、こちらに向かって歩いてきた。
翠はすっかり父親の顔だな。
薙の子供らしい無邪気な顔も久しぶりに見た。
幸先の良いスタートを切れたな。
しかし今日は冷え込んでいるな。
二人が風邪を引かないように見守るのが、俺の最大任務だ。
「流、お待たせ」
「あぁ、薙、10歳の誕生日おめでとう!」
開口一番に伝えたい言葉を贈ると、薙は複雑な顔を浮かべた。
「どうして……二人して覚えているんだよ」
「薙……そんなの当たり前だよ、息子の誕生日は僕にとって特別な1日だからだよ」
「あぁ、可愛い甥っ子の生まれた日を忘れるもんか」
「……そういうもんなの? 母さんは……忘れていたのに……」
その言葉に翠が青ざめ、心を痛める。
俺はカッとした。
彩乃さん、まさか今日、息子にお祝いの言葉もかけずに出かけたのか。
最低だな。
それでも母親なのか。
母親の愛情は……母性はあるのかよ!
先ほど、俺たちが到着するのと入れ違いに彩乃さんが出かけていった。
呼んでいたタクシーに飛び乗ってしまったので声をかける暇はなかったが、今日はまた一段と艶やかに華やかな姿だった。
同じ寺の子として生まれたのに、何故こうも違うのか。
相変わらず人工的な香りのする女だった。
だが薙にとって大切な生みの母でもあるので、言いたいことは山ほどあるが、今は飲み込む。
それよりも今日は薙の誕生日だ。
楽しいことを優先させよう。
「さぁ、車に乗って、遊園地に行くぞ」
「やった!」
「流、頼んだよ」
「あぁ」
大きなドーム型の野球場の隣の遊園地にやってきた。
「ここ、来てみたかったんだ。あのジェットコースター『アンダードルフィン』に乗りたい」
「よし、それに行こう」
「やった!」
『都会のビル群を駆け抜けるドキドキ・ワクワクの疾走感を味わえる急降下ジェットコースター』か、これはスリル満点だな。
「刺激的で面白そうだ」
「だよね」
「薙、身長何センチになった?」
「135cm」
「じゃあ利用規程はクリアしているな」
「うん、母さんはこういう所が嫌いでさ、連れてきてくれないんだ。だけどずっと気になってたんだ……あ、もしかして父さんも苦手?」
「う……」
翠が決まり悪そうに俯いてしまった。
「はは、兄さんは酔いやすいんだ。薙、二人乗りだし、俺とペアでいいか」
「もちろんだよ。父さん……いいかな?」
「あ、うん、もちろんだよ。僕は写真を撮るよ」
「兄さん、ここから動くなよ。おっと……そのままじゃ寒いだろう」
俺のココア色のマフラーを翠の首元に巻いてやると、翠は少し頬を染めた。
「大丈夫だよ……流、あの……薙が見ているし……こういうのは……」
翠は気まずそうにするが、薙の受け止め方は違った。
「あのさ、父さんが大事にされているの、見るのは……いやじゃないよ」
「薙、お前、いい男だな」
「べ、別に……本当はオレが借りたマフラーを返そうと思ったけど……」
思ったけど……翠のぬくもりを感じるマフラーだから、きっと、まだしていたいんだよな。
薙の素直じゃないところも可愛い。
オレとよく言動が似ているので、よく分かり合える。
だから一緒に過ごせば過ごすほど、親近感が湧いてくるのさ!
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