暗中模索 3

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暗中模索 3

「じゃあ、父さんちゃんと待っててね」 「翠、いいか、絶対にここから動くなよ」  あんまりにも念を押されるので、苦笑してしまった。 「なんだか僕が子供みたいだ」 「ははっ、そう拗ねんなって。あとで翠も一緒に乗れるものを探そう!」 「うん」  僕が見送る中、流と薙は嬉しそうに手をしっかり繋いで、ジェットコースター乗り場に向かっていった。  大きな背中。  逞しい身体。     なんて力強く、心強い光景なのか。  参ったな。  流がどんどんいい男になっていく。  昔は……不安定で危うくて、破天荒なことばかり。  僕が守ってあげないと路頭に迷ってしまうと思っていたのは、もう遠い昔のこと。  今の僕は、逆に流に守られ、支えられてもらっている。  兄として長兄として、これでいいのかと思うが、流に関しては全てを許せる。  全く厄介なことだ。  このような感情を、人は何と呼ぶのか…  流と薙を乗せたジェットコースターはどんどん上り詰め、そこから一気に落下した。  歓声、悲鳴がいり混ざり轟音と共に、ジェットコースターが猛スピードで走り抜けていく。  見ているだけでも身の毛がよだつ心地だ。  僕だって……学生の頃は友人同士で遊びにきて、乗ったこともある。  ただ、あの頃の僕は無理していた。我慢をしていた。  本当は苦手なことに蓋をして、何食わぬ顔で生きてきた。  我慢を美徳とさえ、思っていた。  だからアイツにあんなことをされても、甘んじて受け入れてしまった。  心が強いと思い込んでいたが、本当は違ったのだ。  心が弱いから、必死だった。  胸の火傷痕がチリチリと痛む。  これは後遺症なのか。  結局、逃げ出したくなって、彩乃さんと結婚してしまった。  だから彼女に負い目がある。  彼女を苦しめたのは僕だ。  だからこういう結果を招いてしまったのだ。  だが薙……君に伝えたい。  僕は一時は彼女を心から愛し、だから薙が生まれた。  父親として夫として生きていこうと誓った。  だから……僕にとって薙は決して物ではない、道具でもない。  僕の愛を受け継いだ大切な息子なんだ。  だから頼む。  彩乃さん……どうか母親として薙を愛して欲しい。  この子が生まれた日を思い出してくれ。  今日という日は、まだ終わらない。  どうか日付が変わるまでに、一言でいいから祝福を――  見上げた空の彼方に向かって、僕は祈念した。 「兄さん、どうした? ずっと上を見ていたな」 「あ、もう戻ったの?」 「スリル満点だったぜ。薙も楽しんでいたよ」 「父さん、楽しかったよ。次はコーヒーカップに乗ろうよ。えっと、それなら大丈夫?」 「そうだね」 「じゃあ、行こう! オレはグリーンのカップがいいな。早く! 早く!」  今日の薙は年相応に無邪気で可愛いな。  子供はやっぱり遊園地が大好きなんだね。  自然と手を繋いだり、引っ張ってくれる。  まるで離婚前の関係に戻ったようで、僕の心も弾んでいた。  このような和やかな時が永遠に続けばいいのに……  薙……君は僕の愛しい息子。  この状況を打開したいという気持ちが、自然と芽生えていた。
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