暗中模索 4

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暗中模索 4

「次はあれに乗りたい! 今度は父さんもいっしょがいい!」  薙が指差したのは、海賊船型の大型ブランコだった。  船が振り子のように大きく揺れるアトラクションで、高く上がってから急降下する時の浮遊感とスリルが人気らしい。  この手の乗り物は得意な方ではないが、僕も薙と一緒に乗ってみたかった。 「よしっ、父さんも挑戦してみようかな」 「やった!」 「兄さん、大丈夫か」 「うん、乗るからには、一番スリルがありそうな後ろに座ってみよう」 「ほっ、本当に大丈夫なのか」  流が何度も心配そうに聞いてくるので、僕は背筋をスッと伸ばした。  こういう時の僕は、父親として、兄として、どこまでも凜々しくありたいと願ってしまう。 「さぁ、行くよ」 「参ったな。兄さんって人は……」  一度やると決めたら、最後までやり遂げる。  これが僕なんだ。  宣言通り一番後ろの座席に、僕、薙、流の順番で座った。 「父さん、あのね……」 「ん? どうした?」 「ううん……あとで言うよ」 「?」  薙は話を途中で止めて、前をすっと向いてしまった。  その横顔は10歳にしては大人びていて、意志の強さを感じられるものだった。  無理に聞き出すのはやめよう。  薙に流れる時間を大切にしたいから。  だから僕も前を向いた。  やがて、ゆっくりと船が揺れ出す。  どんどん振幅が広くなり、腹の辺りが擽ったく妙な気持ちになる。そして猛烈な浮遊感を感じ、景色が傾いていく。 「父さん、すごい! すごいね」 「おー 爽快だなぁ」  薙と流は喜んでいるが、僕の方は必死だ。  だが怖くても乗り越えて行きたい。  この船は、まるで僕の人生のよう。  荒波に揉まれても、真っ直ぐ進んで行く――  目を背けずに――  いつか道が開ける。  そう願って。 「あー 楽しかったね」 「兄さん、大丈夫だったか」 「うん、楽しかったよ」 「父さんって……お経を読んでいるだけじゃないんだね。遊園地でもちゃんと遊べるんだね」 「もちろんだよ。薙と一緒だから楽しいよ」  そう答えると、薙が目をキラキラと輝かせた。  この瞳を、どうしたら維持出来るのだろうか。  僕と薙の関係は、このままでいいのだろうか。  何か出来る術はないのか。  この子の笑顔を守りたい。  バイキングの後、薙がもう一度ジェットコースターに乗りたいと言うので、流石に僕は辞退した。 「父さんはここで見ているから、行っておいで」 「兄さん、何度も言うが一人で大丈夫か」 「ふっ、大丈夫だよ。ここにいるから」  ところが……  二人を見送ってジェットコースターの乗り場を見つめていると、視界の端に……突然見たくもない景色が飛び込んで来た。 「えっ……」  とんでもない相手に遭遇してしまった。  けっして遭ってはならぬ相手。  いや、万が一遭ったら……何食わぬ顔で無視するべきだと海里先生に言われたのに、あまりに突然な出来事で……僕はその場から逃げることしか出来なかった。  克哉くん……  君が……どうして?  彼は、小さな子供と手を繋いでいた。  端から見たら仲が良さそうな普通の親子だ。     だが僕の目には父親の仮面を被った獣のように見えて、息苦しい。  まだ無理だ。  まだ直視出来ない。  情けないことだが、僕にはまだ心構えが出来ていなかった。  だから身を翻し、化粧室に逃げ込んだ。    猛烈な吐き気と頭痛、目眩に襲われて、記憶が途絶えた。   「父さん」 「兄さん、大丈夫か」 「あ……」 「何があった」 「心配かけてごめん……ここ……どこだ?」  焦点が合わない。  視界が霞んでぼやけている。  これはあの時と似ている……    それを察知した流が焦る。 「遊園地の救護室だ。化粧室で倒れて頭をぶつけたんだ。病院へ行こう」 「……大丈夫だよ。今日は薙の誕生日なんだし……それどころじゃ」 「……もういいよ。そんなに無理してつきあってもらわなくてもいい!」 「薙……」 「オレ、もう帰る! 帰りたい!」  時計を見ると、いつの間にか16時を過ぎていた。 「薙……ごめんね。最後にこんなことになって……」 「……期待なんてしなければよかった。もしかしたら……って……」  薙の言葉を最後まで聞きたい。  さっき言いかけたことは何だったのか。  なのに……もう薙は話してくれない。    そして僕の気力も限界だった。 「あっ待て! 薙、どこへ行く?」 「帰る! 一人で帰れる!」 「待て! 無理だ」  薙が救護室から飛び出してしまった。 「流、頼む! 薙を追ってくれ!」  悔しくて悔しくて堪らない。  克哉くんを遠目に見た位で倒れるなんて情けない。    もっともっと強くなりたい!      今の僕には薙を守る資格なんてない!  こんな自分に辟易する。  もっと体力をつけて、もっと心を強く持って、毅然とした態度で臨みたい。  もう二度と踏み荒らされないように。  結界を―― **** あとがき(不要な方は飛ばして下さい) 突然の急降下で驚かせてしまいましたね。 こういう展開はいつもながら、書く方もパワーがいります。 何度も何度も書き直してようやくアップ出来ました。 本棚やペコメやスタンプなどの反応も減ってしまうの、覚悟の上です。 翠と流と薙、『重なる月』での幸せな日々は、ここを経てだから…… この日を境に、翠は一層の精進をし出します。 つまり『重なる月』密月旅行内で、克哉との再会シーンへの布石です。翠があの時ここまで動じなかった理由をどうしても書きたくて。 この先少し切ない展開に入りますが、そんなに長くはかからないと思いますので、どうかしばらくお付き合い下さい。この3人には穏やかな日々が必ずやってきますのでご安心を。
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