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暗中模索 6
「はりやなぎくんのお父様、息子さんを迷子センターでお預かりしております」
迷子センターでオレのための放送を聞いて、急にはずかしくなった。
さっき……どうして『はりやなぎ』なんて言ってしまったのか。
うそをついてしまった。
オレはずっと『もり なぎ』で、父さんは月に1度しか会えない人なのに。
バカなことした。
ギュッとうつむいて唇をかんだ。
父さんが倒れたのは、コーヒーカップを回しすぎちゃったせいでは?
父さんはいつも静かな人だから、ああいうの苦手だって知っていたのに、一緒に乗ってくれたのが嬉しくて、つい。
バイキングだって、絶対に無理していたよな。
あーあ、今日のオレは小さな子供みたいだ。
わがままな子供だ。
そこに大きな男の人が勢いよく飛び込んできた。
流さんだ!
「すみません。張矢薙の叔父ですが、甥っ子はいますか。あっ薙! 良かった! 無事か!」
「ちょっと待って下さい。勝手にお子さまに近づかないで」
流さんがオレに近づこうとしたら、警備員の人に止められてしまった。
どうして?
「お父さんはどこですか」
「兄は今、医務室に……だから俺が代理で引き取りに来た」
「では、お父様にきちんと連絡が取れるまで、お待ち下さい」
「ちっ、分かったよ! 早くしてくれ」
「医務室に確認しますので、身分証明書をご提示下さい」
「あぁ、じれったいな。免許証でいいか」
大人の世界って、やっぱりカチコチだ。
なんでも規則正しくで、オレの気持ちはまた、ここでも置き去りだ。
「薙!」
そこにもう一人の声が重なる。
「えっ……父さん……」
医務室で寝ていたはずの父さんが駆けつけてくれた。
「あ、翠、大人しく寝てろって言ったのに」
「アナウンスを聞いたら、居ても立ってもいられなくて」
わわっ、さっきのアナウンス、父さんも聞いてしまったのか。
気まずいよ。
でもオレのために駆けつけてくれた気持ちは、うれしい。
父さんは、さっきまでの青ざめた顔から打って変わって、りりしくかっこよかった。
「大変お手数をお掛けしました。目を離してしまい申し訳ありません。皆様のおかげで息子が無事でいられます。館内放送もかけて下さり、何から何までありがとうございます。これは僕の身分証明書です」
父さん、潔き良くてかっこいい。
「あ、いえ、大事に至らずに良かったですね。こちらにサインをお願いします」
「はい、これで引き取ってよろしいでしょうか」
「どうぞ、良かったね。薙くん」
父さんが駆け寄って、オレをギュッと抱きしめてくれた。
「薙、ごめん……本当にごめんね。薙が無事で良かった。何かあったら、僕は生きていられないよ」
「と……父さん……ごめんなさい。心配かけて……ごめんなさい」
やっと素直になれた。
父さんがオレのために必死なのが、伝わってきたから。
そのまま車に乗って帰ることにした。
さっきは遊園地は最低な思い出になったと思ったけど、違った。
オレには迷子になったら駆けつけてくれる人がいるって分かったよ。
父さんは、後部座席で静かにオレの肩を抱いてくれた。
今なら、言えるかも。
ずっと、ずっと言いたかったこと。
早く言わないと……
「父さん……オレね」
「どうしたの?」
「あのね……その……オレ……父さんと……」
「ん?」
そこまで言いかけた時、マンションの前に着いてしまった。
父さんは少し困った表情を浮かべていた。
「話の途中なのに、ごめんね。彩乃さんが待っているから行かないと、もう時間を30分も遅刻しているから……」
「母さんは、どうせ帰ってないよ」
「いや、マンションの前に立っているよ」
「えっ」
車から降りると、母さんが駆け寄ってオレを抱きしめた。
「薙、良かった。無事で……薙、10歳のお誕生日おめでとう」
「……は、離せよ! なんだよ急に?」
「息子の誕生日を忘れるはずないでしょう? それにしても翠さん、どうして今日に限って遅れたの? あなたは約束を守る立場でしょう」
「……彩乃さん、すまなかった。これには事情が……」
「あなたの事情はもう結構よ。聞き飽きたわ。一瞬あなたが月影寺に連れ去ったのかと思って焦ったのよ。そんなことしたら裁判沙汰よ」
「……」
「薙、行きましょう。今日はレストランでお誕生日祝いをしましょう。朝は期待させて間に合わなかったらと思って言えなかったのよ。あなたが大好きなステーキハウスを予約してあるの」
「……」
「翠さん、今日遅れた分の30分間は次回マイナスするわ。そういう規約だったわよね」
「……分かった」
二人のやりとりに、もう正直どうでもよくなった。
歩み寄ろうとしていた心は、どんどん離れていく。
『はりや なぎ』には、なれない。
とても無理そうだ。
そう思うと、これ以上期待するのは損だと思った。
少しずつ、オレから離れていこう。
距離をおいて忘れていこう。
また迷子にならないために。
****
10歳の誕生日を境に、オレは変わった。
父さんとの面会をサボるようになり、距離を置き始めた。
月に一度の面会は二ヶ月に一度、そして三ヶ月、半年と間隔を空けるようにした。
仮病を使ったりテスト勉強で忙しいと、オレの方から毎回断ってしまった。
会えば期待してしまう。
会えば悲しませてしまう。
会えば……慕いたくなる。
強くなろう。
このままでは、いつまでもオレは……
大人に振り回される哀れな子のままだ。
月日は流れ、オレは中学生になっていた。
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