暗中模索 7

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暗中模索 7

「薙、今日は翠さんとの面会日だったわね。珍しいわね、会うなんて」 「流石にそろそろ会わないと、まずいだろ? 生存確認さ」 「まぁ、なんて言い方、それより夜遊びはしないでよ。あなたは、まだ中学生になったばかりなんだから」 「分かってる」 「……今日も遅くなるわ。これ夕食代ね」  母さんが出かけた後、ため息をついた。  中学生になった途端、母さんの帰宅はまた一段と遅くなった。  あの遊園地を最後に何かと理由をつけて父さんと会ってこなかったが、そろそろ一度顔を見せておかないと。  だがそれだけだ。  もう歩み寄ろうとなんて思ってない。  父さんはオレから離れるべきだ。  オレのせいで、どこまでも母さんに追い込まれる父さんの姿は、もう見たくない。  だから、どこまでも突っぱねる。  薙ぎ払っていく。    待ち合わせ場所に行くと、誰もいなかった。  なんだよ。  意を決して会おうと思ったのに、馬鹿みたいだ。  いや、待て……父さん……まさか、また具合が悪くなってしまったのか。  心がざわざわしてしまう。  オレの心の奥に閉じ込めたものが動き出す。  そこに大きな影がヌッと現れる。 「薙、待たせて悪かったな」 「流さん!」 「久しぶりだな。背がずいぶん伸びたな」 「そう?」 「俺で悪いな。兄さん、急な葬儀が入って抜けられなくてな……実は今、父さんがぎっくり腰で住職代理をしているから仕方が無いんだ」  良かった。  また具合が悪くなったのかと……  いや、心配なんてしてない。  オレが心配なんてする必要はない。 「あ、そう、別にどうでもいいよ。父さんに会いたかったわけじゃないし、入学祝いを沢山もらったあら……一度位、生存確認しとくべきかなと」  そっぽを向いて言うと、流さんに肩を組まれた。 「まぁ、そういうことにしとこう」 「なんだよ」 「薙さぁ、ますますオレに似てきたな」 「どこが?」 「中身が」  流さんは父さんの弟だが、オレと昔から気が合う。  考えることが似ているというか、波長が合うというか…… 「どうとでも」 「薙、改めて……中学入学おめでとう。しばらく会えないうちに中学生になっちまって」 「……まだ中学生だ、早く大人になりたい」 「ん? 何か夢でもあるのか」 「早く一人で生きていきたいんだ。この渋谷の街でさ」 「……」 「なんだよ?」 「いや、俺にもそういう時期があったなって」 「流さんも? でも今は山奥の山伏みたいじゃん」 「ははっ、山伏って、薙も興味あんのか」 「全然! あんな田舎なんて行きたくもない」 「ふーん」  なんだか調子狂うな。    流さんと話していると自分が青く見える。  流さんは、どれだけの山を越えた人なんだろう?  オレの心の声が届いたのか…… 「まだまだだ。まだ何も越えてない。今も長い助走期間だ」 「えっ……そんなに高い山なの?」  思わず聞くと、流さんは無言で頷いた。 「薙、今日は上野に行かないか。気になる美術展をやっているんだ」 「えー オレ眠くなるよ、興味ないし」 「まぁ、いいから、旨い焼き肉屋にも連れて行くから」 「仕方がねーな」  連れて行かれたのは、印象派の絵画展だった。 「目に映った印象を、絵にそのまま表現したものだ」 「ふーん」 「俺はこの睡蓮の絵が好きだ」  静かな池、透き通るように慈悲深い……  まるで父さんが佇んでいるみたいだ。 「……静か過ぎるよ」 「なら……薙が揺さぶればいい」 「えっ?」 「……まだ難しいか」 「なんだよ」 「まだだな」 「さっきから意味わかんねー あー腹減った」  その後、焼き肉をたらふく食わせてもらった。    バクバク食べていると、流さんに豪快に笑われた。 「お前、兄さんそっくりな顔で、馬鹿みたいに食うのな」 「もっと食べたい」 「食え食え。だがしっかり運動もしろよ。イケメンが台無しだぞ」 「どうでもいい」 「その無頓着なところも俺そっくり。あーあ」  流さんと話していると、気分爽快だ。  流さんは、鬱々とした日々を洗い流してくれるような人だ。
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