暗中模索 9

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暗中模索 9

「流、寝てしまったのか」 「……」 「くすっ、大型犬のような流も、寝てしまえば可愛い子犬のようだね」  僕は肩に流の重みを感じながら、窓の外を見上げた。  月が冴え冴えと、この茶室を照らしている。  だいぶ古びた茶室だが、ここは僕の心を和ませてくれる。  ここに来ると、月光を浴びたくなる。    遠い遠い昔から、こうしていたような気がする。  まだ何もかも手探りの状態だが、僕はこの数年をかけて変わった。  自分を律し過ぎることを辞めると、ぐっと心が軽くなった。  今の僕にはもたれる人がいる、もたれてくれる人がいる。  流がいるから、僕は穏やかな気持ちでいられる。  薙に関しては不甲斐ないばかりだが、流のおかげで薙との関係を途切れさせないでいられるんだよ。 「流、ありがとう」  そっと流の節くれ立った手を撫でてみた。  吸い付くようにしっくりするので、もっともっと求めたくなる。  筋や関節が盛り上がってごつごつしているが、とても肌馴染みのよい手だ。  この手に委ねていこう。  共に歩んでいこう。  僕たち、この先どうなるのかな?  眼前には高い壁がそびえ立っている。  とても高いので、僕にはただ見上げる事しかできない。  だが何がきっかけになるか分からない。    この先何が起きるか、僕たちはまだ知らない。  それが人生だ。    何かに押されて動くこともある。  いつかその日が来たら、僕は……きっと動くだろう。 ****  目を開けたら駄目だ。  この魔法のような時間が解けてしまう。  翠の肩は俺よりずっと華奢で危なっかしかったが、今は少し違う。  華奢なのは相変わらずだが、俺を受け入れているのが伝わってくる。 「流、ありがとう」  翠が俺の手に手をそっと重ねた。  そのように触れては駄目だ。  そんな風に俺を恋しがるように、俺を求めるように触れるなんて反則だ。  誰か俺たちの背中を押してくれないか。  誰か俺たちを動かしてくれないか。  親しい何かにすがりたい気持ちだ。 **** 「ええっと……ここをこうして、これでOKだ」 「兄さん、さっきから何をしているんだ?」 「あぁ、丈にメールを書いていたんだ。僕は筆を持つ方がやっぱり性に合っているよ。ソウルの住所を教えてくれたら文をしたためるのにな」 「アイツはそんなマメじゃないだろ。それにメールの返事だって来ないのに親切なことを」 「そういう流だって、メールを送っているじゃないか」 「あ、どうして知って?」 「くすっ、流のことなら何でも知っているよ」    僕はソウルにいる丈に、定期的に近況を知らせるメールを打っていた。  ソウルに行くと言ったきり連絡がないが、僕の大切な末の弟には変わりない。  だから何か困ったことがあれば、いつでも相談に乗るし受け入れる。  そのことを、近況を伝えるメールにいつも添えた。 「丈、月影寺は安寧の地になってきたよ。丈を迎える準備は整っている。だからいつでも帰っておいで」  何故そんな風に思うのか分からない。  だが、丈がこの寺にいないと落ち着かない。  丈が揃って、初めて僕の目指す結界が完成するのかもしれない。 「流……来年はどんな年になるかな?」 「変化の年じゃないか」 「あ、そうなの……?」 「そうなりたいという願望さ」 「そうだね。それもまたいいかもしれないね」  変化か……  悪くないね。  変われるものなら、僕だって変わってみたい。    
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