暗中模索 10

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暗中模索 10

 その年の暮れ、流は妙に張り切って大掃除をしていた。   「流、どうして、そんなに熱心に?」 「それは……兄さんの結界が最近一段と強くなってきたから、寺の中の目に見える部分は、俺が請け負って浄化しようかと」 「いいね、それならついでに離れの掃除も頼むよ」 「……分かりました」 「ん? よそよそしい返事だね。急にどうした?」 「実は……願掛けをしようかと思っています」  急に流から距離を置かれたようで、胸が切なくなった。  寂しい……  いつものように気軽に接して欲しい。  そんな風に願ってしまう。    何も求められる立場ではないのに、もっともっと傍にいて欲しいと求めてしまう自分を戒めた。 「分かった。では……そのつもりでいるよ」 「兄さん、言葉遣いが変わっても、俺はどこにもいきませんよ」 「それならば、それでいい」 ****  年を越す前に、思い切って兄さんと話す時の言葉遣いを改めることにした。  ここ数日悩んで決めたことだ。  翠が月影寺に戻ってきてから、長い月日が流れた。29歳で離婚した翠は、もう36歳になろうとしている。このままではあっという間に40代、50代になってしまうだろう。  兄と弟という関係を越えられないまま、月日が流れていくことに焦りを感じていた。  だから一旦ここで線を引きたい。  この数年、ずっと助走してきたが一向に動かない関係。  もうそろそろ限界だ。  来年こそは大きな変化を――  だから、俺はもう一度スタートラインに立つ。  兄さんに伝わるか。    この俺の切ない気持ち。    けっして離れるのではない。  今よりも更に近くに行くためだ。  山門を潜って右手にある離れに、雑巾と箒を持って向かった。  幼い頃、帰省してはここに一家で泊まったことを思い出す。  あの頃の父は商社マンで海外出張が多く、夏休みは母の実家である月影寺で長い間過ごしたよな。  懐かしい気持ちで久しぶりに離れに入ると、随分と痛んでいた。 「これじゃ、まずいな」  何故だろう。    ここに人が泊まれるようにしろ。  そんな使命を受けた気がして、俺は猛烈な勢いで掃除をした。  畳も入れ替え障子も張り替えて大汗をかいていると、翠が静かにやってきた。 「流、綺麗にしてくれてありがとう。すごいね、清々しい空気が流れているよ」 「あぁ、これで物事が動きやすいようになりました」 「……そうだね。さっきの話だが……変化の年に備えて……ということなんだね?」  俺の余所余所しい言葉遣いも含めて、問いかけているのだろう。 「そうです。すべて……前に進むためです」 「そうか、ならば受け入れよう。流は……けっして僕の傍を離れるな」 「御意」  翠と心を一つにして、新年を迎えよう。  きっと来年こそ、俺たちは変わる。  変わってみせる。    そう願いを込めて――  
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