枯れゆけば 3

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枯れゆけば 3

 結局、学園祭の『女装が似合いそうな人を推薦せよ』というアンケートで、僕は断トツ一位で選ばれてしまった。  学園祭当日に自分で用意した女装をしてコンテストに出場し、来場者の投票も加点して、優勝者が選ばれるそうだ。  嫌だ……女装コンテストなんて、そんなものに出たくないよ。  僕は男だ。  惨い結果に、思わず目の前が真っ暗になった。  青ざめた顔をしていたのだろう。  隣の席の達哉に心配された。 「大丈夫か。おい、そんな顔すんなって。これは男子校特有のよくある祭りだ。意に染まなくとも……多少のことは笑い飛ばす度量がないと、この先やっていけないぞ。翠は僧侶を目指しているのだろう?」  達哉の言っていることはもっともだ。  僧侶を目指すのなら、度量の大きい人にならないといけない。  それは分かっていても納得出来ないよ。   「それとこれとは別だ」 「いや、違うようで繋がっているんだ。いずれお前はあの寺を継ぐんだろ。その時、万物をも受け入れることが出来る広い心を持っていないと勤まらない。それはお前も分かっているだろう?」 「……っ」  痛い所を突かれて、返答に窮した。  そうだった。達哉の家も大きな鎌倉の寺だから、置かれた境遇は同じだ。 「なぁ翠、僧侶として必要な『広い心』って、何人をも包み込む優しさや懐の深さがあることだが、その心の広さを作るために大切な物が何か、知ってるか」 「それは……とにかく、すべてを許し受け入れればいいんだろっ!」  半ば投げやりな気持ちで返事を吐き捨てると、達哉が険しい顔で首を横に振った。 「少し違うかな。そりゃ許すことも受け入れることも大切だが、その前にもっと大切なことがあると俺は思う」 「何?」 「納得することさ! 自分の中でちゃんと心を整理して納得してこそ、許すことも受け入れることも出来るようになるんじゃないか。だから闇雲に許そうとしたり受け入れようとしたりするのは駄目だ。それは翠の心に大きな負担がかかっちまう」 「……」  納得するか。  では女装することも、ちゃんと納得できたら、素直に受け入れられるのだろうか。それにしても、いつもふざけてばかりの達哉に、こんな真面目な一面を見るとは。そのことに面食らっていた。同時に僕はまだまだ未熟だと思った。とにかく少し心を落ち着かせて考えよう。 「まっ、女装の衣装探しは手伝うよ。どうせなら開き直って、みんなをアッと驚かせるようなの考えるのも一興だぜ」 **** 「……ただいま」  それでもまだすんなり切り替えられずに暗い気持ちを引きずって帰宅すると、流が玄関先に立っていた。 「わっ、驚いた! 流、どうしたんだ? こんな所に立って」 「ん……あのさ、兄さんに聞きたいことがあって」  珍しいな、改まって。 「何だい?」 「来週末、兄さんの学校の文化祭があるんだろ」 「え……どうして、それを?」 「友達から聞いた」 「そっ、そうか」 「兄さんいつもなんでも話してくれていたのに、最近は隠し事が増えたな」  ドキリとした。  隠し事をしたつもりはなかったが、実際は確かに流に話していないことも増えていた。  学園祭もそうだ。  僕と同じ高校をいずれ受験するかもしれない流なのに積極的に誘えなかったのは、女装の件がひっかかっていたからだ。こんな小さな心の自分が、ほとほと嫌になってしまう。 「そうかな……流はどうしても来たい?」 「なんだよ? 行っちゃ駄目なのか。もしかして俺に来て欲しくないのか」  流は流で、僕とは違うことで苛立っているようだった。 「そんなことない。ただ……その…」  女装のこと、どう切り出したらいいのか分からなくて、兄としてのプライドが邪魔をしてしまった。 「くそっ! もういいよ。翠兄さんは自分の楽しい高校生活を俺なんかに覗かれたくないんだろっ! 分かったよ、行かない。絶対行くもんかっ! 」  そのまま一目散に、流は庭へと駆け出して行ってしまった。 「流っ! 待って!そうじゃないっ!」  僕の悲痛な叫び声は、寺の深い庭にかき消されてしまう。    流……流……ごめん。違うんだ。  弟からの拒絶。  それは僕が一番堪えるものだ。  だから必死に流を探そうと、庭へ駆け出した。 「流、流、どこ? どうか……お願いだ。出て来て! 僕の目の前にいておくれ」  僕は……流が見えなくなるのが……一番怖い。
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