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春隣 12
そのまま月影庵で、丈と洋くんと和やかに歓談した。
父が問うと、丈は隣りの大船駅近くの総合病院で非常勤の医師として働く手筈を整えていた。
それは月影寺にこのまま留まってくれるという意味だろうか。
期待せずにはいられない。
「…………月影寺には洋くんと一緒にいつまでも居ていい。だから正式に近場の病院を探してみてはどうだ?」
良かった。 父さんも僕と同じ気持ちだ。
そして丈も……
「ありがとうございます。洋がよければ、私もそうしたいです。久しぶりに帰って来たここは静かで、落ち着きます」
「そうかそうか、洋くんはどうだね?」
「俺もお邪魔でなければ……ここにいたいです」
「私たちは歓迎するよ」
月影寺の三兄弟が久しぶりに揃い、洋くんという神秘的な青年との生活が始まる。
荒波が立つのではなく、湖のような静けさがやってきた。
とても穏やかで和やかな空気だ。
その後は、洋くんの仕事や、この先のことを父が聞いてお開きになった。
英語も韓国語も得意と言うのは心強い。
「語学達者なのは素晴らしい。外国の方がいらした時は通訳してもらえるか」
「はい、俺でよければ喜んで」
「助かるよ。頼もしい息子が増えた気分だ」
父が洋くんを息子として扱おうとしているのも嬉しかった。
やはり住職はすごい。
寛大で慈悲深い心で、洋くんを包み込んでいく。
洋くんのことはまだ上辺しか知らないが、何か大きな不幸を背負って流れ着いた人の気がする。
何故だろう?
放っておけないな。
「俺も洋くんに語学を習おうかな。洋先生、マンツーマンでよろしく!」
流も楽しそうだ。
「ですが、父さんも兄さんも、洋をあまりこき使わないでくださいよ」
へぇ、人に無関心で、兄弟間でも殆ど会話のなかった丈が、今日はよく喋るね。
「ん? なんでだ?」
「洋は通訳以外に、翻訳の仕事を学びたいそうです」
「ほぅ、翻訳を?」
「あっはい。俺の亡くなった父が翻訳者だったので同じ道を進んでみたいのです」
「そうか。君のお父さんは……他界されていたのか」
「……はい」
洋くんの顔色が悪くなったのを父も僕も見逃さなかったが、父は気づかないふりをして、話を続けた。言いたくないことを根掘り葉掘り聞き出す趣味はない。
君が語りたくなった時は、真摯に耳を傾けるよ。
「どうやって勉強をするつもりだ?」
「通信講座で学んでみようかと。同時に通訳の仕事の方も登録しようと思います」
「そうか、そうか。じゃあ勉強には離れの書斎を使うといい」
「ありがとうございます、嬉しいです。それから是非……お寺の手伝いを俺にもさせてください」
積極的な申し出に、流が腕を鳴らした。
「嬉しいぜ! よし、俺がしっかり手ほどきしてやるよ。ここは男所帯だからさ、教えることが山ほどあるぞ~」
「流兄さんっ、頼みますから、余計なこと教えないでくださいよ」
「恋のいろはも必要かぁ」
「流兄さん!」
丈の血相を変えた顔に、流がおどけて、場がまた和んでいく。
流、ありがとう。
流は流れを良い方に変える名人だ。
流石……僕の流だ。
さぁ、最後は僕がこの場を満月のように丸く収めよう。
「とにかくこれで一安心だね。丈と洋くんは今日から月影寺の一員だ。よろしく頼むよ」
「はい……ふつつか者ですがどうぞ宜しくお願いします。今日からお世話になります」
「カチンコチンだな。俺が抜け道を教えてやるよ」
「流兄さん色に洗脳されては困ります!」
くすっ、丈、少し落ち着いて。
悪いようにはしない。
末っ子が加わったようで、僕も流もワクワクしているだけだよ。
その晩、彼らは離れのかつて僕たち三兄弟が育った場所で眠ることになった。
寺は街灯の明かりも少なく、特に二人が夜を明かす離れは暗黒の世界だ。
僕は渡り廊下で足を止め、離れの方向を見つめたが、やはり何も見えなかった。
今頃、彼らはもう床の中だろうか。
今頃、男同士で肌を重ねているのだろうか。
風に乗って甘い囁きが聞こえてきそうな夜だ。
甘い吐息が離れから漏れ出してきそうな時間だ。
もう立ち去らねばと思うのに、つい耳を澄ますと……ほんの一声、こらえるような声が闇夜にこぼれ落ちた。
「うっ……」
その途端、何故か流の力強い腕を思い出し、下半身が妙な熱を持っていくのを感じた。
僕は袈裟を着た身で、今、一体何を考えた?
慌てて立ち去り風呂場に駆け込み、我武者羅に袈裟を脱ぎ捨て冷水を浴びた。
気を引き締めないと、もっていかれそうだ。
今度こそ愛し合いたい。
ひとつになりたい。
遙か彼方から切ない声がする。
遠い昔、泣きながら縋った人への鎮魂歌が聞こえる。
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