春隣 13

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春隣 13

 俺は白い息を吐きながら、竹林の間から興味深そうに顔を覗かせる月を見上げた。 「なぁ、夜空のお月様よ。あなたも興味があるのか。この寺が愛に満ちていく瞬間を見ているのだろう?」  視線をずらし、今度は丈と洋くんが泊まっている離れの一室を見つめた。  淡い明かりが、甘い吐息のように漏れている。  耳を澄ませば  風が拾った艶めかしい声が微かに届く。 「あっ……うっ……」  控えめに押し殺した男のものだが、甘く蕩けるような声だった。  いい気流だ。  これは上昇気流だ。  あの頑固で難しい丈が、今、情熱的に洋くんを抱いているのか。  洋くんの美しい顔が愉悦にまみれていく様子を想像すると、一気に煽られた。  想像に煽られるとかって、俺、もう末期だな。  翠は知っているのか。  男同士でも、深く交わることが出来る。    身体を繋げることが出来る。  俺は翠が結婚してから自暴自棄になり、翠の面影を求めて夜の男たちを抱いてしまった。  だが、どんなに探しても翠を超える人とは出会えなかった。  翠のように気高く、翠のように己に厳しく、翠のように清廉潔白な男はいない。  唯一無二の存在なんだ。  この手で……  自分の手をじっと見ると、力が漲っていく。  身体全体で翠を欲しているんだ。  いつの世も俺は翠だけを見ている。  きっと生まれ変わっても翠が好きだ。  過去なんて知らないが、ずっと昔から、生まれる前から翠が好きなんだ。  この手で……  翠を裸に剥いて、白いシーツに横たわらせ、俺の匂いをすり込んで、固く閉ざされた蕾を、俺の指で開きたい。  全ては、今生で……  必ず叶えたい夢だ。 「翠の中は、暖かいだろうな」  風が止むと、はっと我に返った。 「あーあ、煩悩の塊だな。はぁー今宵も寂しく独り寝をすっか」  月にぼやいて、寝床に入った。 「……一人は寒いな」 **** 「寒い……」  独り寝とは、こんなに寒いものだったか。  こんな時、流が傍にいてくれて、小さな頃のように共寝が出来たら、どんなに暖かいのだろう。 「いや、暖かいだけでは……済まないだろう」  丈と洋くんの艶めかしい情事を想像し、慌てて目を閉じた。  僕は……僧侶の前に、ただの男なのだ。  それを痛感する夜だった。  月影寺が愛で満ちた時、何かが変わる。  変わっていく。  それが、今宵なのかもしれない。  僕が変わっていけば、僕らの世界も動くのか。  怖いけれども、このままではもういられない所に来ている。
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