枯れゆけば 5

1/1
前へ
/239ページ
次へ

枯れゆけば 5

 背中に兄の温かい手を感じ、気恥ずかしさが倍増した。 「離せ、俺に触れんなっ! いいから、もう、あっちに行けよ!」  背中を左右に大きく揺り動かし、手を跳ね飛ばそうとした。  いくら兄でもハッキリ拒絶すれば諦めるだろう。  そう思って必死だった。なのに…… 「流っ、どうか落ち着いて」  どうして?  兄の手は離れて行かない。それどころか背中から俺のことをギュッと抱きしめたので、いよいよ激しく動揺した。俺の首筋に兄の柔らかい髪の毛が触れるのを感じ、ますます戸惑った。 「な、何すんだよっ!」 「流……お願いだ。僕を避けないで……僕は流に嫌われるのが一番辛い」  まるで告白のような兄の言葉。  いつになく気弱な声。  何かあったのか。  心配になって、これ以上抗うのはやめた。 「……分かったよ」  すると、俺の背中を必死に抱きしめる兄の手も緩んだ。  その隙に居住まいを正し兄と向かい合うと、やはり様子が少し変だった。  はぁはぁと息を切らしている兄のどこか頼りないぐらついた表情。  さっきの、らしくない発言。 「兄さん? ……もしかして何かに困ってるのか」  その瞬間、一気にいつもの凛と澄ました兄の顔へ変化するのが感じ取れた。 「いや、大丈夫だよ。文化祭のこと、黙っていてごめん。実は頼まれ事があって午前中は忙しいんだ。だから13時以降に来てくれるか。そうしたら僕がずっと案内できるよ。なっ、駄目か」 「なんだ! そうならそうと初めから言えばいいのに……俺だってもう子供じゃないんだ。一人で回れるのに……でも案内してくれるの嬉しいよ。じゃあ13時に行けばいい?」 「うん、その……それ以上早くは来ないで欲しい」  なんで? と再び聞きたかったが、やめた。  兄さんがこんな風に頼んでくるのは珍しい。これは本当に午前中は忙しいのだろう。少しの違和感は感じたが、俺は兄さんが嫌がることはしたくない。だから素直に指定された時間に行く約束をした。 「りゅーう、これで仲直りできたのかな?」 「あぁ、バッチリな!」 「良かった……本当に良かったよ」  そんな可愛いことを言う兄さんを正面から見つめると、髪に赤く色づいた紅葉が絡まっていた。  まるで兄さんの美しい顔に、花を添える髪飾りのようだ。  柄でもないことを。  でも本当によく似合っていた。    兄さんの白い肌に赤がよく似合う。  まるで唇に紅をさしたようだ。  そこから、ふと変なことを思いついてしまった。  もしかしたら兄さんって女性の格好をしたら、凄く似合うんじゃないか。  やばい……また不謹慎なことを考えてしまった。  もうやめよう!  兄さんは俺の兄さんなんだ。  そう、必死に言い聞かせた。  すると俺の視線に気が付いた兄さんが、不思議そうに小首を傾げた。 「流、どうしたの?」 「えっと……兄さん、頭に葉っぱがついている!」 「えっ……どこ?」 「ここさ」  そっと手を伸ばして取ってやると、兄さんはふんわりと微笑んだ。 「気付かなかったよ。ありがとう」 「頭に葉っぱを乗せるなんて、タヌキみたいだな」 「え? タヌキ? 僕が?」 「ははっ、不満そうだな」 「うーん、もっとカッコいいのがいいよ」 「へぇ、兄さんでもそんな欲があるのか」 「あ、いや……ふふっ、僕はね、流にとってカッコいい兄でありたいんだ」 「……そうだな」  兄さんがそう願えば、俺もそう願おう。    さっき、やましいことをしてしまった罪滅ぼしだ。  精一杯兄として慕おう。今は―― 「兄さんはカッコいいよ。俺の自慢の兄だ」 「流、ありがとう……とても嬉しいよ」  俺と兄さんは肩を並べて苔生した大地に体育座りをし、空を見上げた。  俺たちに向かってはらはらと落ちてくる紅葉を、心を揃えて見つめた。  赤い葉っぱ同士が絡まるように舞い落ちてくる光景が、印象的だった。 「落ち葉も仲良しだね」 「……そうだな」  いつまでもこうしていたい、二人だけの親密な時間だった。
/239ページ

最初のコメントを投稿しよう!

882人が本棚に入れています
本棚に追加