色は匂へど 2

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色は匂へど 2

 今日は、月影寺にとって意味深い日となるだろう。  内々に丈と洋くんが月影寺で仏前式の結婚式を挙げる。  正確には僕たちの末の弟として、洋くんが張矢家の養子に入る日なのだが、僕たちの中では、丈と洋くんが婚姻関係を結ぶ日だと考えている。  僕は、これからその式を取り仕切る戒師を務める。  昨日から緊張している。  僕の手で月影寺の在り方を変えていく。  張矢家の未来を切り開くことになる。  流れを変えることを、僕は恐れていない。  運命に立ち向かうのではなく流れに身を任せれば、きっと僕の景色も変わっていくだろう。  僕もそろそろ見たことがない景色を見たいんだ。 「もう、こんな時間だったのか。そろそろ着替えねば」  流が晴れの日のために準備してくれた真新しい袈裟に袖を通した。  古代紫色の品格のある袈裟に思わず見惚れてしまう。  流石、僕の流だ。  本当にお前は腕が良い。  最近、父が伊豆に滞在する母の元に入り浸っているので、副住職の僕が月影寺の実質的な住職の仕事をこなしている。だから、このような品格のある袈裟を着ることも許されるようになった。  一段と気が引き締まる。 「あ、そう言えば……」  昨日は鎌倉中の寺の跡取りが集まる青年部会に出かけていたので、帰りが遅くなり、夕刻小森くんが文箱に運んでくれた郵便物を確認していない事を思い出した。  背筋を正して文箱に重ねられた封筒を丁寧に確認していく。  檀家さんからの法要の礼状や、地方の寺から滝行の誘い。  僕に届く郵便は寺にまつわることだけだ。  どんなに待っても、あの子からの文は届かない。  以前は、たまに便りをくれたが、それはまだあどけない頃の話だ。  薙……  僕の息子。  ただ一人の息子に面会を拒否されるようになり、もう2年ほど経つのか。  あの子も、もう14歳。  また背が伸びたのでは?  会いたい。    この目で見つめたい。  幼い頃の記憶を辿りながら大量の郵便物を仕分けていると、見慣れた文字に手がぴたりと止まった。  真っ白な封筒に艶やかに書かれた筆文字。  この筆跡は……  裏返すと、やはり『森 彩乃』と書かれていた。  手紙など一体何事だ?  急いで封を切って中身を確認した。   「え……フランスに行ってしまうのか」  フランスに仕事で赴任? 学芸員の仕事を生かして……    彩乃さんにとってこの上ない話だろうが、僕は寂しくなった。 「薙がまた遠くに行ってしまう……」  ただでさえ会えないのに、今度は海を跨いだ海外へ行ってしまうのか。  ますます会う機会が減ってしまう。  寂寥とした気持ちで続きを読んで、今度は驚愕した。 「えっ……本当なのか……ここに薙を引き取ってくれと……? 薙も望んでいると……」  青天の霹靂とは、このことを言うのだろう。  こんな展開、予期していなかった。  心臓がバクバクしてくる。  今日という日は、やはり大きく流れが変わる日なのだ。    
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