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色は匂へど 4
「さぁ行こう。流は僕から……離れるな」
「……兄さん」
俺に離れるなと言うのか。
全くこの人は、やはり俺を魅了してやまない人だ。
俺の兄であって俺の想い人。
先ほどはつい感傷的になって、俺の秘めたる願いは丈と洋くんに託して、生涯を翠に捧げる覚悟を捨ててしまう所だった。
大丈夫だ。
俺は翠の傍から片時も離れない。
もう絶対に離れない。
やがて本殿で式が始まる。
俺がこの手で染め上げた古代紫色の袈裟を纏った翠が先導を切って入場してくる。
あぁ……その横顔は崇高で近寄りがたい程だ。
同時にこの式を終えた後、翠が向かう場所が見えるような気がした。
どこまでも付いていく。
「丈、洋くん、準備はいいかい? 式を始めるよ」
「翠さん、お願いします」
黒い紋付き羽織袴姿の丈と夕凪が遺した白き花の着物姿の洋くんが並ぶと、磁石で吸い寄せられるかのような一体感が生まれた。
二人は一つになるために生まれた男達だ。
そう納得できる光景だった。
「流、あとは頼む」
「あぁ、任せて下さい」
翠から直々に頼まれた司会進行は、俺の想いを公に解き放つ場を与えてくれたとしか思えない。
「本日は張矢丈と浅岡洋の二人のために集まって下さってありがとうございます。私は丈の兄の張矢流と申します。ご存じかと思いますが、この度浅岡洋くんが張矢家の養子となります。同性婚というものが認められていない日本で、我が弟の丈と洋くんが目に見える確かなつながりを持って生きていく手段の一つとしてこの方法を選び、我が家も歓迎しています。では……本日は仏前式という形式に乗っ取り進めさせていただきます」
盛大な拍手に包まれると、洋くんの肩が震えた。
丈が寄り添い、背中に手を回した。
そうだ、洋くん、君はもう一人じゃない。
心を許して大丈夫だ。
「ところで、皆さん教会式と仏前式の結婚式の違いをご存じですか」
皆、首を横に振った。
この先の言葉は……俺がずっと声を大にして言いたかったこと。
「新郎新婦が単純に結婚を誓うのではなく、縁あって巡り逢ったことを仏様とご先祖様に報告するのが仏前式です。皆さんは運命の人と生まれた時から赤い糸で結ばれているという話を聞いたことがありますか。仏前式での結婚は新郎と新婦が出会い結婚に至ったことを『お互いの縁』つまり『因縁』と考えます。この『縁』を親や親族を含めた先祖に感謝することで、お互いの縁を大切にする心を持ち続けようという決意の式なのです」
丈と洋くんに感じる深い縁は、俺と翠にも感じている。
縁あって、この世で出逢い、引き寄せられて、一つになる。
やがて映画のワンシーンのように厳かな雰囲気の中、丈と洋くんが結婚指輪を交換しあった。
その様子を翠と肩を並べて見守った。
俺たちは血を分けた実の兄弟だ。
同じようには出来ないのは承知している。
それでも、俺たちも一つにならないか。
心の中で問いかけると、翠も柔らかく花が咲くように微笑んだように見えた。
だから……だからこそ、心の中で何度も何度も唱えた。
翠と俺だけの人生を歩まないか。
愛し愛され、許し許され、生きていかないか。
丈と洋くんのように……
それにしてもここは、花の咲く音が聞こえるほど静かだな。
二人の幸せが咲かせる花よ。
どうか俺たちにも一歩踏み出す勇気を与えてくれないか。
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