色は匂へど 8

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色は匂へど 8

 前置き 今日のシーンは『重なる月』雨の悪戯11と12を一緒に読まれると流の心の動きが見えるしかけです。https://estar.jp/novels/25539945/viewer?page=602 ****  あの晩、僕が取った行動はあまりに衝動的であまりに大胆だった。  嵐に勇気づけられたのか、一緒に風呂に入ろうとしたり、自分の部屋を丈と洋くんに明け渡し、流の部屋で流の布団で共に眠ってしまった。  どうにかして流との距離を縮めたかったんだ。  丈と洋くんの仲睦まじい様子を日々目の当たりにし、我慢しきれなくなったのか。仏に仕える身、ずっと自分を律して生きてきたのに、流が関わると、僕の感情は嵐のように揺れ動いてしまうよ。  あの晩……  流の布団に入り、逞しい身体に寄り添うように眠った。  途中で我に返り無性に恥ずかしくなって、布団から抜け出ようとすると、流が肩を抱くように引き留めてくれた。 「なぁ……流、狭くないか。布団……悪かったな」 「狭くなんかないですよ。兄さんは喉が弱いのだから、ほら、肌掛けはしっかり被ってくださいよ」  まるで僕たち、兄弟ではないようだ。「兄さん」呼ばれているのに「翠」と呼ばれているようで目眩がした。 「……流、お前は」 「なんです?」  暗闇で至近距離で、流と目があった。  今、僕たちは息遣いが届くほど傍にいる。  このまま流の匂いに溶け込んでしまいたい。  僕は流を愛している。  長い長い遠回りをして、ようやく気付いけたことだ。  じっと流を見つめると、視線をサッと逸らされてしまった。  そこで我に返った。  もしかして……こんな言葉は、流を苦しめるだけなのか。    あぁ、流の心が見えたらいいのに。僕に兄以上の感情を抱いてくれていると感じるのは、僕の勝手な妄想なのか。  その場で面と向かって「愛している」など言えるはずもなく、またいつものように言葉を濁してしまった。   「僕は流にこうされるのが……好きだよ。流がいれば安心できる」 「好き」という言葉では足りない程の愛を育ててきたくせに。    翠……いつまでもこのままでいいのか。  僕たちはもういい年齢だ。    このまま、この人生を終わりにしていいのか。    この世の果てまで平行線で、一線を越えないでいいのか。  繰り返す波のように、何度も自問自答しながら深い眠りに落ちた。    その晩、僕が見た夢はとても人には言えない内容だった。    屋根を打ち続ける激しい雨の中、僕はいつの間にか一糸纏わぬ姿になっていた。  流は息遣いが届くほど近くにいてくれる。  満ち足りた気持ちで身体の力を抜くと、逞しい腕が僕を引き寄せてくれた。  僕はまどろんでいるようで、身体に力が入らなかった。  逞しい腕は、僕が眠りから覚めないようにと慎重にそっと抱きしめてきた。  待て……夢の中でも遠慮するのか。    僕の心は既に整っているのに……あの山を越える覚悟だって出来ている。  一緒に旅立ってみないか。  空高く舞い上がり、一つになってしまいたい。    僕の心はそれを望んでいる。  だから僕の方から逞しい身体を強く抱き寄せた。 「一線を越えよう」  そう望んでいると伝えたくて――  僕の夢は……まるで雨の悪戯のようだった。  朝起きると流はもう隣にはおらず、僕はきちんと浴衣を身に着け布団をすっぽり被って眠っていた。    だが僕の記憶は鮮明だった。  あの夢を辿ろう。  そんな強い気持ちが芽生えた朝だった。
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