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色は匂へど 10
「ふぅ、暑いね」
「南国ですからね」
「ふっ、南国に和装なんて、やはり変じゃないか」
「いいえ、よく似合っていますよ」
真夏に男が着物を着ているだけでも目立つのに、紗織りの濃紺の羽織まで。流の趣味が良いのは認めるが、飛行機に中でひそひそと噂されて流石に照れ臭かったよ。
……
「ねねっ、あの窓際の方素敵な方ね」
「もしかして俳優さん? 時代劇に出て来る若旦那のように麗しいわね」
……
若旦那? 時代劇?
そんな風に見えるとは、仏門に仕える身なのに、喜んで良いのだか。
さっきは久しぶりに飛行機に乗ったせいか、眼下に富士山が見えた時は思わず窓に張り付いてはしゃいでしまった。あれも恥ずかしかった。
だが、こんなに心が躍るのは、流と一緒だからだ。
流と旅行出来るなんて、流と大空を羽ばたけるなんて、まだ夢のようだよ。
このような機会に恵まれたのは、丈と洋くんのおかげだ。
二人が男同士の愛を貫いていく様子に、強い刺激をもらっている。
彼らがいなかったら、僕は流と宮崎には来ていなかった。
彼らが傍にいてくれると、僕は今までにない力を生み出せる。
進めなかった道も、ずっと越えられなかった山も越えられる。
物事というものは、進む時は一気に進むのだな。
天が味方してくれているのだ。
ホテルのチェックイン時にも、それを実感した。
「失礼ですが、お客様は4名様で1グループでいらっしゃいますよね」
「そうだけど?」
「実は本日から3泊、35階、170㎡のスイートルームが空いております。少しの追加料金でグレードアップすることも出来ますが、いかがでしょうか。こちらでしたら1室にグループの皆さまが全員ご滞在していただけますが」
思いがけない提案だ。
元々は丈と洋くん、僕と流で、別々にツインルームに泊まる予定だった。
だが僕の本心は、もっと傍で……彼らの深い愛に触れていたいと願っていた。
流にそんな下心は話せるはずもなく、澄ました顔で応対した。
「それはすごいね。流どう思う?」
「いいんじゃないですか、翠兄さんのお好きなように」
「ところで、その部屋にはベッドルームはいくつありますか」
「2つございます」
「ふぅん、仕切りの扉はある?」
「?……ええ、ございますが」
「よし、なら、そこにしよう」
よし、一歩進めた。
自分からあえて飛び込めた。
流をそっと見つめると、流の方も覚悟を決めたような顔をしていた。
ところが僕という人間の悪い癖が出てしまう。
最後の最後で急ブレーキをかけてしまう。
本当にいいのか、翠。
これでいいのか、翠。
寄せては引く波のように、僕の感情が揺れ出してしまった。
揺れ動く感情は、やがて嵐に巻き込まれていく。
流は実の弟だ。
血の繋がった兄弟だ!
この先の道は禁忌だ‼
そもそも流の本心を聞いたわけではない。すべて僕の勝手な思い込みで妄想かもしれない。流が僕を兄を越えた存在として想っている確証はない。
あぁ、一気に気持ちが沈んでしまう。
流の方も、どこか落ち着かない様子だ。
もしかしたら僕たちはお互いに秘めたる想いを牽制しあっているのか。
通されたスイートルームの大きな窓から、パノラマに広がる大海原を見つめて、僕は願った。
灼熱の太陽よ。
この固執した心をどうか溶かして下さい。
僕は、僕自身の柵を今度こそ壊したい。
想うままに、愛を求めたい。
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