色は匂へど 12

1/1
前へ
/239ページ
次へ

色は匂へど 12

 信じられない。  こんなことをしている自分を止められないなんて、あり得ない。  副住職の職務は多忙で、視力が回復してから禁欲的な生活を強いられていた。だが別にそれを苦とも思わなかったのに……  離婚してから彩乃さん以外の人とは寝ていない。  もともと性欲は薄い方で、結婚してからも性生活に積極的ではなかった。薙が生まれてからは彩乃さんと疎遠になっていた。離婚後は時折彩乃さんに呼び出され仕方が無く従ったが、そう多くはないことだ。年に数回の話だ。  そんな僕が海の岩場で自慰をするなんて。  あぁ……もう何も考えられない程に、頭がスパークしている。  もしも、もしも……  自身の屹立を慰める手が、流のものだったら。    そんな想像をする僕は、いよいよ引き返せない所まで来ていた。  頭の中で打ち消しても打ち消しても、流を思い描いてしまう。    もう止められない。  いつも甲斐甲斐しく僕の身の回りの世話をする流の逞しい手。  節くれ立った指先、その手で僕を導いてくれないか。  この狂おしく切ない世界から引き上げてくれないか。  扱く手は一段と速まり、僕はずっと短く熱い息を吐き続けていた。  こんなにも激しく僕は流を求めていたのか。  知らなかった感情に翻弄されながら求め続けた。  ところが、もう一人の自分の声が聞こてくる。  翠、お前は流の実の兄だ。その行為は禁忌だ。  慌てて頭を振って流への煩悩を振り払おうとすると、また流がやってくる。 「兄さん、苦しいのなら俺に委ねろ」  あぁ、幻聴まで聞こえる始末だ。  先ほど褌の前袋に触られた時の熱を思い出して、また興奮が高まってしまう。  何もかもがごちゃ混ぜになって混乱していく。 「くっ、くっ……はぁ、はぁ」  その混乱は僕の下半身に熱い血ちなり集結し外に放出しないと収まらない程きつく締め上げてきた。 「あっ……う……痛い……苦しい」  流の手でここを扱いてもらったら、どんなに気持ち良いのか。 「翠、もう楽になれ」    想像の世界で流が僕に覆い被さり、股間の張り詰めたものを大きな手のひらで包み込んで、激しく上下に扱いてくれた。 「あっ、あっ、あっ……」  甘い誘惑に負けてしまう。  僕は煩悩を抑え込むのを諦め、素直になった。 「はぁっ……もう出てしまう!」  その瞬間、大きな白波が僕の胸あたりにザバっとかかった。  ピリッ――  波があたると信じられないことに乳首がズキッと疼き、そのまま下半身の欲望が一気に弾けてしまった。 「あぁぁ……」  白い飛沫はすぐに波が洗い流してくれたが、僕がしたことは消えない。  僕は何てことを……  弟の手を想像しながら抜くなんて。  慌てて腰まで海水に至り、天を仰いだ。  南国の暖かな陽射しを包まれると、自然と涙が溢れ頬を伝っていく。 「うっ……う……」  とうとう僕は弟を汚してしまった。  こんなに求めてごめん。  でも好きだ。  お前を愛している。  後悔の先に見えたのは……  もしも……もしも流が求めてくれたら、僕はこの身を委ねる覚悟だった。  
/239ページ

最初のコメントを投稿しよう!

882人が本棚に入れています
本棚に追加