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枯れゆけば 7
「さぁ入れよ」
「……うん」
そう言われても気後れしてしまう。僕は男兄弟で育っているので、若い女性の部屋に入るのは初めてだった。いくら達哉のお姉さんでも、まずいんじゃないかと戸惑っていると、達哉に背中をドンっと押されてしまった。
「わっ!」
ぐるりと辺りを見渡すと和室に薄いベージュの絨毯が敷かれ、白木のベッドも置かれていた。部屋全体が淡いピンクや白など、ふわふわとした色で埋め尽くされていて、目がチカチカした。
それに僕や弟の部屋とは全く違う、甘い香りが漂っていた。
やっぱり慣れないよ。
僕は弟の部屋の方が落ち着く。
いよいよ場違いだと引き返そうとすると、また達哉に捕まってしまった。
「翠、そんなに青い顔するなよ。姉さんはお前のこと取って食いやしないよ」
「そっ、そんなつもりじゃ……」
「ふふっ、達哉のお友達にしては本当に初心な子ね~ 可愛いわぁ」
達哉は臆することなくズカズカと部屋の奥に入ってしまったので、仕方がなく、後についた。
「姉さん、翠にはどんな服が似合うと思う?」
「そうねぇ」
そう言いながらお姉さんが押し入れを開けると、中にはカラフルな服が並んでいた。
「翠、安心しろ、うちの姉さんは……実はコスプレイヤーなんだ。だから衣装には事欠かない。それにウィッグもいっぱいあるんだぜ」
「コスプレイヤー?」
「こら、あんまり余計なこと教えないのっ」
確かに普段着というよりは、少し独特な衣装が並んでいるし、見ればロングヘアのカツラもずらりと……黒髪、金髪、栗毛色と品ぞろえ豊富だ。
呆然と立ち尽くす僕の胸元にワンピースやセーラー服などが、取っ替え引っ替えあてられる。
「うーん、これは駄目だ。姉さん、翠にこんな短いスカートはやめてくれ。危ないじゃないか。これも駄目だ! 胸が開きすぎだ。姉さん品がないぞ」
「まぁうるさい子ね~ 注文が多くて」
「じゃあこれはどう?」
何故か提案される服をことごとく達哉が断ってしまう。
僕にとっては助かったが、やはり気は滅入るよ。男の身でセーラー服とかふわふわのワンピースとか、やっぱり無理だ!
「そうね、達哉の言う通りかも。この子は何というか……汚しちゃいけないような気がする。もっと正統派の……あっそうだわ! ちょっと待ってて、おすすめの物があるわ」
お姉さんは突然部屋から出て、どこかに行ってしまった。
ますます不安が募る。
「達哉……僕にはやっぱり無理だよ、今からでも辞退しようかと」
「翠、それは駄目だぞ。衣装のことは、きっと姉さんが解決してくれるよ。それに女装するのを、そんなに毛嫌いすんな。お前もいずれ和尚として過ごすのだから、万人の気持ちを知っておいて損はない。女の衣に袖を通して、その気持ちを感じるのは悪いことじゃない」
僕の肩を掴んで、達哉が力説する。
「……達哉は達観してるな。達哉という名前の通りだ」
「ありがとう。そうだ、翠だけ女装するのが嫌なら、俺も付き合ってやるぜ」
「えっ」
ごっつい体格の達哉の女装姿を想像すると、ぞぞっと身震いしてしまった。
それに足の黒いすね毛はどうするんだ?
あれこれ想像すると可笑しくなり、笑ってしまった。
「くくっ、うーん、でも見たくないかも」
「酷いな。決死の覚悟だったのに」
二人で笑い合った。そのお陰で頑なだった心が解れた。
「お待たせ! これならどう!」
意気揚々と戻ってきたお姉さんから手渡されたのは、巫女の衣装だった。白地の着物と朱色の袴という典型的なものだ。
「お! 姉さんナイスアイデア! 正月の※助勤巫女のか」
「そうなのよ。これなら清楚な翠くんにも似合いそうでしょ? 女装への抵抗感も和らぐと思うの」
「最高だよ。翠、それ着てみろよ。絶対に似合うぜ!」
「う、うん。そうだね、これなら大丈夫そうだ」
(※助勤巫女……正月における繁盛期には巫女のアルバイトを採用することが多く、助勤巫女と呼ぶ。お寺では基本的にお正月や大祭の時期のみ助勤巫女を受け入れている)
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