色は匂へど 21

1/1
前へ
/239ページ
次へ

色は匂へど 21

「俺の名を、もっと呼んでくれないか」  翠の綺麗な形の唇に、指をあてて強請った。  俺は翠が唇を薄く開いて、流と発音してくれるのが好きだ。  だから、何度も呼んでもらいたくて仕方がなかった。  ほっそりとした首と小さな喉仏に、口づけを重ねた。  こんな頼りないのに、読経する声は痺れるほど美声なんだよな。  それから肩から腕にかけての清楚な骨格も好きだ。  滑らかに滑り落ちる袈裟の袂を、俺はいつもうっとりと見つめていた。  それにしても「男は初めてだ」という翠の答え、泣くほど嬉しかった。  思い出したくもない過去が蘇る。  克哉に襲われた翠を発見した時の衝撃が、今でも忘れられない。  何が起きたのか、何かされたのか。  最後まで翠は口を閉ざしたままだった。  でも翠は無事だったのだ。 『翠の初めては俺のものだ』  青い時代に密かに願ったことが、ようやく今叶う。  月明りに照らされた翠の白い裸体をまじまじと見下ろすと、興奮が一気に高まった。  落ち着け、流。 流れに乗りすぎるな。  上手く操れ! 自分をコントロールしないと翠を傷つけることになるぞ。  必死に自分を諫めるが、どうしても興奮の方が勝ってしまう。  俺は一気に翠の浴衣をはぎ取り、唯一つけていた下着も脱がして一糸纏わぬ姿にさせた。 「んっ」  覚悟を決め「一つになろう」と誓った翠だが、流石に恥ずかしさが溢れたようで、腕で顔を隠してしまった。 「駄目だ。顔を見せてくれ」  手をずらしながら翠の潤んだ目元、頬、唇に口づけをしてやった。 「そんなに緊張するな。俺にも移ってしまう」 「……だが、こんなあられもない姿を見られるのは……やはり」 「小さい時から一緒に風呂に入った仲だ。着替えだっていつも手伝っていたのに、何を恥ずかしがる」 「だが……」 「ふっ、往生際が悪いぞ。もう流れ始めているんだ……俺達は」 「うん……知っている。でもどこへ流れ着くのか分からない。……怖くないのか、流は?」 「怖くなんてないさ。翠と一緒だから。翠が行く所ならどこまでも付いていく」    半分勃起状態になっていた翠のものに手を伸ばし、優しく触れてみた。  ここに直接触れるのは初めてだ――  翠の屹立を手中に収めると、くらくらと目眩がした。  幻じゃない、これは生身の翠の身体の一部だ。  とても大切な器官だ。 「流っ……」  すっぽりと手の平で包み込んでやると、まるでそこに心臓があるかのようにドクドクしていた。 「流……やっぱり無理だ」  翠が身を捩って逃げようとしたので、体重をかけて覆い被さった。 「暴れるな。全て覚悟の上だろう」 「分かっている……分かっているが」 「そうか、怖いんだな。翠は本当は怖がりで、一人でいるのも暗闇も雷も……苦手だろう?」  俺の言葉に、翠が一気に脱力した。 「……あぁ、そうだ」 「やっと認めたな」  翠をずっと見続けてきた俺だから分かる。夜明け前に寺の中を歩くのも、真っ暗な部屋で一人で眠るのも、全部苦手なはずだ。夏の夕立ちの雷も恐ろしかったはずだ。長男だからと、弟の手間、強がっていただけだ。  手を緩やかに動かし扱き、裏筋などの敏感な部分は指の腹を使って丁寧に擦ってやった。  握っている昂ぶりが、どんどん硬くなってきた。 「んっ……あっ」  手で絞り出してやると、くちゅりと音を立て先端から蜜がとろりと零れた。 「あっ……駄目だ、やだ」 「美味しそうだ」  翠は性欲が少ない方だと思っていたが、こんなに俺の愛撫に過敏に反応してくれるとは。おそらく女性経験は彩乃さんだけで、他に女を抱いた経験はないはずだ。離婚後も彼女に応じていたのは知っていたが、不特定多数の女を抱いたわけではない。最近は会ってないようだし、若住職としての仕事も多忙になり、自分で処理する暇もなかったのでは?  あぁ……愛おしいよ。翠の屹立が愛おしい。  食らいついてしゃぶりたい欲求をなんとか静め、心を込めて丁寧に熱心に手で弄ってやった。 「あっ……あ、あ……」 「余計なことは考えるな。俺だけを見ていろ」 「流……」  手を激しく動かすと、ぐちゅぐちゅと濡れた卑猥な音が聞こえてきた。  音に煽られた翠はどんどん昇りつめていく。 「うあっ……」  初めて見る!  翠のこんな艶めいた表情。    もっと欲しいと強請るように腰を揺らしてくれている。  あぁ、最高だ!  このまま俺の腕の中に閉じ込めてしまいたい。  朝なんて永遠に来なければいいのに。  二人きりで、何処までも流れていきたい。  窓の外に広がる月夜の彼方へと……  柄にもなくそんなことを願ってしまった。  俺はこの日が来ることを、いつから待っていたのか。  腕の中で翠が兄の顔ではなく、ただ一人の男として俺の愛撫に戸惑いながらも応えてくれる。  その艶めいた表情に不覚にも涙が零れてしまった。 「翠、気持ちいいか」 「うん……すごく……いい……どうしよう……」 「良かった……くっ……」 「馬鹿だな。どうして流が泣く?」 「……翠が俺の愛撫に応えてくれるなんて、夢みたいだから」 「夢じゃないよ。僕……こんなに感じているんだ。流が触れた箇所が疼くよ。だから泣かないでくれ。なっ、りゅーう」  優しく伸びたその手に、今日は数珠は握られていない。  いつも翠が手元に固く握りしめる数珠を見るたびに、決して俺なんかが触れてはいけない人だと戒められた。 「ほら、もう泣くな」  男にしては細い指先で、目元に溜まる涙を優しく拭われた。  くそっ! その仕草……反則だろ? 「これは夢なのか」 「夢じゃないよ、流。僕……本当に感じているんだ……流が触れた部分が、どんどん気持ち良くなっていくよ」  信じられない翠の言葉に、一気に俺のものがパンパンに膨れ上がった。  あ……焦るな。  翠は男を受け入れたことがないのだから、細心の注意を払わないと。  けっして痛くないように、嫌にならないようにしてやりたい!    ふぅーっと息を吐いて、快楽を必死に逃がした。  俺の股間は、とんでもないことになっていた。
/239ページ

最初のコメントを投稿しよう!

882人が本棚に入れています
本棚に追加