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完結後の甘い話『思い出』②
青紅葉に覆われた茶室で、流にお抹茶を点ててもらった。
五月の爽やかな風が竹林を吹き抜けると、僕の心も解き放たれていく。
「良い風が吹いているね」
今日はゆったりと語り合いたい気分だ。
「流、少し昔の話をしてもいいか」
「あぁ、翠の思い出は共有したいから是非」
「僕はね……本当はずっと流との年の差が寂しかったんだ」
「いつから?」
「最初に感じたのは幼稚園に上がった時だったよ」
「それは俺も同じだ。何しろずっと一緒にいたかったからな。幼稚園に着いて行こうとして毎朝暴れまくった記憶がバッチリ残っているよ」
「覚えているよ。あの手この手で付いて来ようとしてくれたね。母は怒っていたが、僕は密かに嬉しかったよ」
流と年の差は二歳。
小さい頃、その年の差が恨めしかった。
いつだって僕が先に行かないといけなかったから。
思えば、流を置いて家を出るのが、幼心に怖かった。
僕がいない間に流が消えてしまったらどうしようと、幼稚園に行っても気になって仕方がなかった。
今は、その恐怖は過去の悲しい別れから来たものだと理解できるが、当時はどうしてこんなに怖くて寂しいのかと、途方に暮れてしまった。
「幼稚園に一人で通うのが本当は嫌だった。流と遊んでいたいのに、僕だけ制服を着て出掛けないといけないのが寂しかった」
いい年をして駄々を捏ねるような発言はどうかと思うが、ここは素直に当時の気持ちを伝えたくなった。
「へぇ、今日の翠は素直だな」
「それは……流にはもう何も隠すものがないからね」
「あぁ、もう全て見せてもらった。黒子が足の際どい部分にあるのも知っている」
「ふっ、僕も流を全部見せてもらった。左の腰に黒子があった」
「最中に観察していたのか」
「ふっ、そんな余裕はなかったけど、頑張ったんだ」
「翠は勉強熱心だな」
流の肩にそっともたれてみた。
すると流がそっと腕を回して肩を抱いてくれた。
「翠はいつも頑張っている」
「あ……」
「どうした?」
「運動会のことを思い出したよ」
幼稚園の年長の時だ。
リレーのアンカーに選ばれたのはいいが、朝からずっと緊張していた。
僕は失敗を恐れる子供だったから。
レジャーシートで両親と流とお弁当を食べていると、流が小さい手を必死に伸ばして、僕の肩に回してくれたんだ。
「にいちゃんはいちばんがいいよ」
流からの言葉はプレッシャーではなく、力になった。
流がそう言ってくれるのなら、僕は頑張れる。
みるみる力が漲ってきた。
「いつも僕を励ましてくれたね。ありがとう」
「そりゃ、だいすきな兄さんだからな。今も昔も大好きな兄さんだ」
「兄のポジションも好きなんだ」
「知ってるさ!」
流が快活に笑うと、僕もつられて笑った。
流がごろんと横になって膝枕を所望する。
「兄さん、俺、眠い」
「ここで少しお眠り」
「やった! 良い夢を見られそうだ」
ゆったり、のんびり、僕たちの時間は流れ出した。
もう切なさに震えることはない。
もう悲しみに暮れることもない。
僕たちは、いつも一緒だから。
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