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枯れゆけば 10
背後から誰かに呼び止められ、ビクッと身が竦んでしまった。
この姿で人と向かい合うのは怖く、すぐに振り返ることが出来なかった。
まずいな、きっと男だってバレてしまう。
男のくせにこんな格好をして、寺の庭をウロウロしていたなんて知られたら恥ずかしい。
「ねぇ、君は誰? うちの寺の巫女なの? 初めてみる顔だよな」
振り向かないでいると、いきなり肩をグイっと掴まれたので、声にならない悲鳴が上がった。
(ひっ)
なっ、なんだ?
まさか僕のことを本当に女の巫女だと思っているのか。
「おい、早くこっち向かないと人を呼ぶよ」
これ以上、人目に晒されるのは嫌だ。観念してそっと振り向くと、中学校の制服を着た男の子が立っていた。
その制服には、見覚えがあった。
そうだ……流と同じ制服だ!
ということは、もしかしたら達哉の弟なのか。
達哉には、流と同じ学校に通う弟がいるという話は聞いていた。僕が流の兄だとバレたら大事になる。
だから顔が見られないように、慌てて深く俯いた。
「あー そんなに怯えなくても大丈夫! 俺は怪しいもんじゃないから。この寺の息子だから。実はさっきから君のことを見ていたんだ。そのすごい綺麗な人だなって見惚れちゃってさ。なぁ、君は巫女のバイト中なの? よかったら俺と連絡先、交換しない? 」
えっ……いきなり中学生からナンパ?
じょっ、冗談じゃない。
弟の同級生に女の子と間違えられた上に、そんなことを言われてパニックになりそうだ。でも声を出したら男だってバレてしまうから、必死に我慢した。
その代りに、ふるふると首を横に振ると、相手は突然ムッとしたようで、一気にその場の雰囲気が重くなった。
「なんだよっ。お高く止まって! この寺のバイト続けたかったら、ちょっとくらい付き合ってくれてもいいじゃんか! ねっどこの高校? バイトしてるってことは高校生でしょ。若いし。ねぇ教えてよ。俺、年上って好きなんだ。本当に近くで見れば見る程美人だよね」
「……」
「それに肌もすべすべで、髪も艶々で……ロングヘアもいいね」
その時、突然頬に手が伸びて来てゾクリとした。
途端に全身に嫌悪感が走り、思わずその手をバシッとはたいてしまった。
「なっ! 痛てーなっ! 何すんだよっ」
いきなり手首を掴まれ、ぐぐっと思いっきり引き寄せられた。年下の子なのに力がすごく強くて、思わずつんのめるような形で、その胸に飛び込んでしまった。すかさず抱きしめられて、いよいよ窮地に追い込まれてしまう。
「へぇ~ 君って、思ったより背は高いんだ。でも身体はやっぱ華奢だな~」
カッとした。
なんてませた中学生なんだ。
仮に僕が女性だったら、こんな扱いをされたらショックだ。
いや男でも十分ショックだ。
初対面の人相手にこれはないだろう。
温厚な達哉とは全然違う気質を感じ、背筋が凍った。
それに腰を力いっぱい抱かれゾッとした。
とにかく、男だとバレる前に逃げないと。
「なんだよ。ずっと無視して、しゃべれないのか」
確かめるように顔を覗かれ、顎を掴まれて上を向かされた。少年の顔がどんどん近づいてくるのが怖くなり、精一杯身を捩った。
(やめろっ!)
近づいて来る荒い息遣いに、いよいよ耐えられなくて、そう叫ぶ寸前だった。突然、僕と少年の身体の間に大柄な男が割り入って来た。
「おいっ克哉! お前、一体何してんだよっ」
あっ、この声は達哉だ。
体格のよい彼の大きな背中に隠されるように引っ張られた。僕の姿が見えなくなるように前に立ってくれている。
「あっ兄貴……だって、この巫女が随分お高くとまっているから。バイトのくせにさぁ」
「馬鹿野郎! お前が手を出していい相手じゃないんだよっ! この人はっ!」
バキッ!
すごい音がしたので思わず目を瞑ってしまった。どうやら達哉が勢いよく弟のことを殴り飛ばしてしまったようで、弟が吹っ飛んだ。
「くそっ! 何すんだよっ」
「とにかく克哉はあっちへ行け! 俺をこれ以上怒らせるな!」
ドスの効いた声で兄の威厳を振りかざすと、流石に弟はまだ兄には勝てないようで、すごすごと去って行った。
これで……大丈夫だろうか……
一抹の不安が過る。
僕たちはまだ青い。
一つ一つの行動が何を招くか分からない。
僕も達哉も……達哉の弟も流も……
まだまだ未完成だ。
衝動的に考えなしに行動してしまうことばかりだ。
僕にはこの先、どうなっていくのか……分からない。
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