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枯れゆけば 11
「翠、大丈夫か……ごめんな、怖かったよな」
弟が去った後、真剣な表情を浮かべた達哉に心配された。
でも僕はどうしたら良いか分からなかった。
こんな風に女の子みたいに守られて、どう応えるのが正しいのか分からないよ。
「……」
暫く押し黙っていると、達哉の方も気まずそうに髪をポリポリとかいて言葉を探しているようだった。
そんな様子を見ているうちに達哉は悪くない。守ってもらった上に、こんな風に気を遣わせてはいけない。
そう思ったら、やっと声が出た。
「達哉、ありがとう。庇ってくれて。僕は大丈夫だよ。僕を女性だと思ったらしくて強引だったから驚いただけだ。でもそれだけ僕の巫女姿を本物だと認めてもらえたってことかな」
わざと明るく振る舞った。引きつりながらも笑顔も作れた。
「……」
だが達哉は相変わらず重い表情で押し黙っている。
兄としての責任を感じているのが手に取るように分かった。
達哉は達哉だ。何があっても変わらない。
中学の入学式からの親友だ。
同じ寺の息子として、この先も助け合っていこう。
「達哉、どうした? 僕はそろそろ帰るよ。巫女の服を脱ぎたいから部屋を貸してもらえる? 」
「あっ、ああ……そうだよな」
はっと我に返った達哉の表情は、ようやく緩みはじめた。それから僕に向かって、深く頭を下げた。
「その……翠、すまない。悪かった。弟が……あいつが、あんなことするなんて、兄として驚いてしまった。参ったな。ませた弟だとは思っていたけど、まさかあそこまで」
こうなってくると焦燥した表情が消えない達哉を、気の毒にすら思った。
弟さんと達哉は似て非なるもの。
僕と弟達が別の人格であるように。
それを僕は良く知っている。
だから大丈夫。そう自分に言い聞かせた。
「達哉、本当にもう気にするな。で、俺の女装は合格点だった?」
「……翠は優しいな。でも気を付けろよ……」
達哉はどこか力なく笑っていた。
****
達哉の部屋を借りて急いで化粧を落とし制服に着替えると、ようやく一息つけた。時計を見ると随分時間が過ぎていたので、慌てて帰り支度をした。
「じゃあ、また明日!」
「翠、今日は本当に悪かったな。衣装とか化粧道具は俺が当日持って行くよ」
「うん、ありがとう。達哉もう気にするなよ。僕は大丈夫だから」
達哉と別れ、秋の足音が聞こえる山道を足早に歩いた。
達哉の家から僕の家までは徒歩15分程の距離だったが、今日ほど早く辿り着きたいと思ったことはない。
強がっていたが本当は怖かった。
巫女の服が重たくて、身動きが取りにくかったというのは言い訳だろうか。
女性と間違えられて、腰を抱かれ頬を擦られた嫌な感触がまだ身体に残っていた。達哉の前では弱音を吐けなかったが、本当は凄く嫌で身震いした。
もう辺りは真っ暗だ。
これなら泣いてしまっても、誰にも気が付かれないだろう。
家の灯りが見える前に、一度涙を流し、この動揺した気持ちを静めたい。
そう思った瞬間、涙はこれ以上は待ちきれなかったらしく、とめどなく溢れてきて、はらはらと風に舞った。
僕は流れゆく涙を拭きもせずに、真っすぐに歩き続けた。
遠くに寺の山門の灯りを捉えた時ようやく、手の甲で涙をぐっと拭った。
ここまでだ。
僕が泣いてもいいのは、ここまでだ。
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