枯れゆけば 14

1/1
前へ
/239ページ
次へ

枯れゆけば 14

 兄さんを想う溜まった熱を外へと吐き出すのは、何ともいえない快感だった。こんなの一度覚えてしまったら、止められない。  若い若い俺の身体。  熱は吐き出しても、またすぐに溜まってしまう。 「はぁ……はぁ……」  ぐっしょり濡れた手をティッシュで拭いていると、母さんの声が離れにも届いた。 「流っ、いい加減にしなさい!」  くそっ、興ざめだ。  俺は湿ったパンツを履いたまま風呂場に向かい、シャワーをひねった。通りがかった母が、脱衣場で驚いた声をあげるが、お構いなしだ。 「んまっ! 流ってばパジャマのまま水浴びなんてして、あーもう洗濯物が大変じゃない」  母さんはそんな俺を見て絶句していたが、何故そんなことをしているのかは聞いてこなかった。  中二の俺は保健の授業で習った通り、思春期真っ只中。  あの翠兄さんにも、こんな時期があったのか。  翠兄さんの澄ました顔からは、とても想像できない。 **** 「間に合って良かったよ」 「まぁな」  あれからなんとか間に合ったが、まとまもに翠兄さんの顔を見ることが出来なかった。  何故なら……俺は、さっき翠兄さんで抜いたばかり。  そんなこと口が裂けても言えない。 「流……」  兄が心配そうな顔で立ち止まり、少し辛そうに目を細めたかと思うと、そのまま華奢な指先が伸びて来て、俺の前髪にそっと触れた。 「やっぱりまだ濡れているよ、髪の毛」 「こんなのすぐに乾く」 「でも驚いたよ。遅刻しそうなのに行水するなんて」 「ははっ行水か……」  確かにそうだな。  確かに俺は熱を帯びた身体と心を冷やしたかった。  あと……証拠隠滅もしたかった。 「流……あのね、もしかして何か悩みがあるの? それって兄さんにも言えないこと?」 「……っ……別に……なっ、何も」  大ありだよ!  翠兄さんに対して性が目覚めてしまったんだよ!  なんて、言えるはずもない。 「そうだ、今度一緒に滝行の体験をしに行かない?」 「滝行ってどんなことするんだ?」 「僕もしたことないから……でも父さんの知り合いの八王子の方のお寺でね、滝行指導をしてくれるそうだよ」 「へぇ」  まぁ兄さんと一緒に出掛けられるのならどこまでも付いて行く。 「滝行をすると心身がリフレッシュされ集中力がつくらしいよ。自分を変えようと思うのなら滝に打たれるのが良いらしいので、一度やってみたい」  ふぅん……二人で滝に打たれる姿を想像した。  水が滴る兄さんはさぞかし色っぽいだろうなぁと思うと喉が鳴る。  自分を変えるか……  容赦なく打ち付ける圧倒的な水量をこの身で受け止めた時、これまでの俺ととこれからの俺、何か変わるのか。  まぁ俺が兄を想う気持ちだけは変わりそうもないが、毎朝これじゃたまったもんじゃないから、少しは制御出来るようになりたい。 「そんなこと言うなんて珍しいな。兄さん、何か変えたいことがあるのか」 「えっ……うん、そうだな。僕も流みたいに男らしくなりたいよ」 「へっ、なんで俺?」 「流は父さん似で背も高くて男らしくていいな。僕も少しでも近づきたい」  兄さんは自分の薄い身体を見下ろして、しみじみと言い放った。  いやいや、それは困る。  兄さんはそのままがいい。  綺麗で涼し気で、透明感があるのが兄さんだ。  俺みたいにゴツゴツは嫌だ。 「なぁ、行ってみようよ。そうだ文化祭が終わったら休みがあるから、どうかな?」 「ん……そうだな。しょうがねーな。兄さんが行きたいっていうなら付き合ってやるよ」 「本当? うれしいよ。ありがとう!」  明るく可愛い笑顔だった。  二歳年上の兄は、いつも綺麗で可愛くて最高だ。  兄さんは兄さんのままで……  翠は翠のままでいて欲しい。  翠……  心の中でそう呼んでみた。  途端に胸が高鳴った。  甘酸っぱい――
/239ページ

最初のコメントを投稿しよう!

882人が本棚に入れています
本棚に追加