枯れゆけば 15

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枯れゆけば 15

前置きです。 完全版として、物語も軌道に乗ってきました。 5年以上前に書いた作品なので、文章と整え、感情部分を大幅加筆中です。 再読して下さっている読者さま、初めて読んで下さる読者さま、ありがとうございます。 本日5スターの続きを書下ろしました。 翠と流のほっこり話(中高編) 本編が切ないので、ほっこりしたエピソードを少しという目的で設けたスター特典です。→ https://estar.jp/extra_novels/26120608 少し大切な話なので読んでいただけたら嬉しいです。 次回は10スターで、ドキドキな話を予定しています。 では本編です。 **** 「じゃあな、流」 「いってらっしゃい。兄さん」  いつものように中学校の正門へ続く曲がり角で、兄と別れた。  遠ざかっていく兄の背中を暫く見送っていると、やがて兄の横にいつものように当たり前のように、あの男が立つ。  彼は鎌倉の五山ともいわれる有名な『建海寺』の跡取り息子だ。兄よりもはるかに高い身長に広い肩幅。男らしい顔立ちなのに、とても温厚そうな雰囲気だ。  悔しいが、何もかも今の俺よりも優れたものを持っているのは認めるよ。  敵わないな。  まだまだ足りない。  達哉さんを見ていると、自分に足りないものが何かが見えて来る。  そんな兄と達哉さんの対照的な背中を未練がましく見送っていると、鞄で尻をバコンっっと思いっきり叩かれた。 「おい、痛いぞ!」 「おっはよ! 流、何ぼけっとしてんだ? 女のことでも考えていたのか」  振り返るとニヤニヤと下品な笑みを浮かべた克哉が立っていた。  こいつは達哉さんの実の弟のくせに随分と軽薄な奴だ。  まぁ転校初日に話しかけられたのが縁で……つるんではいるが。 「それよりさぁ~流、聞いてくれよぉ」  それにしても、いつになくテンションが高いな。 「なんかあったのか」 「おぅ! そうなんだよ! 俺とうとう恋に堕ちた。ドボンっとな」 「恋? はぁ? 昨日の今日で、どこにそんな出会いがあったんだ?」 「実はさ、昨日運命の出会いがあったんだ。もう! もろ好みの顔。すごい美人だったぞ」 「……ふーん」  克哉には悪いが、興味をそそられる話じゃない。  最近の俺は兄ばかりが気になって、女の存在に興味が全く持てなくなった。 「おい? 聞いてんのか」 「あぁ、それでどこで出逢った?」 「それがさぁ、うちの寺の庭なんだ。運命だよな! 彼女は巫女のバイトで来ている高校生のようだ」 「巫女? 寺に巫女なんているのか」 「ほら忙しい時に手伝いに入ってもらう助勤巫女だよ」 「あぁ、それなら聞いたことがある」  確かに正月などの繁盛期には、寺でも巫女のアルバイトを採用することが多く、その女性のことを助勤巫女あるいは助務巫女と呼ぶと父が言っていたな。  まぁうちの寺はそこまで規模は大きくないからその必要はないが、克哉の家のような大きなお寺では、正月や大祭の時期には、助勤巫女を受け入れているのだろう。  寺の庭で巫女と出逢うか。  ふーん克哉も案外ロマンチックなところがあるんだな。 「あぁ思い出してもゾクゾクするぜ! 彼女の長い黒髪が風に棚引いていて、身体はほっそりとして背も高くて華奢なんだけど、顔がいいんだ。ゾクッとするぜ。すげー色っぽい。あんな綺麗な女は初めて見たよ。俺さ学校から下校して庭を突っ切っていたら偶然見つけて、しばらく見惚れて立ち尽くしちまったぜ」 「へぇ」  熱心に話す克哉の様子に、感心した。  だがどんなにその女性を想像してみても、ほっそりしていて華奢な身体なのに、顔が色っぽいといえば……俺の頭に浮かぶのは、翠兄さんだけだった。 「それで、彼女と話せたのか」 「いや、それが兄貴にこっぴどく怒られて連絡先すら聞けなかったんだよ。次はいつ来るのかな? 早くまた会いてー」  悔しそうに克哉が空に向かって叫んだ。 「ふーん」  しかし、なんでそこで達哉さんが出て来るのか。空を見上げる克哉の頬に、大きな黒い痣が出来ているのを、その時になってようやく気が付いた。 「そういえば、お前、その頬どうした? 痣になってるぞ」 「あっこれ? 参ったな。誰にも言うなよ」 「うん? 」 「兄貴に殴られたんだよ。彼女に手を出そうとしたらさ」 「手って? お前って奴は、初対面の女性に一体何をしたんだ?」 「いや、ちょっと抱きしめて顎を持ち上げてみただけだ」 「え、そんなことしたのか」  急に気持ちが萎えた。  それって犯罪に近いぞ。  突然、力任せに抱きしめるなんて。  その巫女さんに同情した。  怖かっただろうに……  こいつはまだ中2のくせにませていて、性的なことに関心が大ありの奴だった。いつも話題が下ネタになっていくのも下品だ。 「そしたらそこに兄がやって来て、ドカーンっと殴られたってわけ。まてよ? まさか兄貴の彼女なのか? だったらショックだなぁ。いや必ず奪い取ってみせる!」 「おい、もうやめろよ! 彼女は嫌がってたんじゃないか」  朝からテンションの上がりまくっている克哉に反して、俺のテンションは下がりっぱなしだ。  何故か彼女の話から、昨日泣いていたことを隠した兄の憂い顔を思い出してしまった。  兄さんこそ、何か俺に言えない悩みがあるんじゃないか。  俺じゃ頼りないか。  あぁ早く兄さんを守れる大人になりたい。  何故だか、それが使命と思えるほど、その衝動に最近の俺は突き動かされている。
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