枯れゆけば 16 

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枯れゆけば 16 

「おはよう翠」 「おはよう達哉」  いつもの朝、いつもの会話。  だが今朝は、そのままお互いに無言になってしまった。 「……」  沈黙を破るように、先にきり出したのは達哉の方。 「翠、昨日は悪かったな。お前……もしかして泣いた?」 「えっ……なんで?」 図星だったので焦ってしまった。 「いや、そんな気がしたから。俺が軽率だったよ。あんな格好で外を歩いて来いなんて言わなければ良かった。調子に乗った俺が悪かった。この通りだ。許せ!」 「それは違う。もう気にするなよ。もう大丈夫。お陰で当日もなんとかなりそうだし、いろいろと助かったよ」 「あのさ、昨日のあいつ……弟が高校の文化祭に来るらしいから、女装コンテストの時間には絶対に来るなって言っておいた」 「そうか……うん、そうしてもらえると助かるよ」 「翠……」  達哉が真顔になる。 「自分の家族をこんな風にいうのもあれだが、弟は俺とは全く違う性格だ。あいつにはくれぐれも気をつけてくれ。昨日、翠のことをえらく気に入っていたみたいだから、本当にいつか何かしでかさないかとハラハラしているんだ」  ……達哉が気の毒にさえ思えた。    確かに弟さんは真逆の性格のようだが、それでも達哉の弟だろう?  僕と流のように、兄弟であっても性格が真逆なのは理解できるよ。  だから、どうかもう……それ以上、親友の僕に謝らないで欲しい。 「大袈裟だな。心配し過ぎだよ。そもそも昨日は女装をしていたせいで女の子と勘違いされただけだろう? 僕は男だから大丈夫だよ」 「いや、かえって心配だ。文化祭当日は俺から離れんなよ」 「はいはい」 「おいっ、真面目に聞けって」  おおらかで優しい達哉。  体格と同じ位、心も広くて、一緒にいて楽な相手だ。  お互い長男で寺の後継ぎ。  この夏から更に同じ境遇になって仲が深まった。  親友がいる。  それだけで心強いよ。  僕のことを心配してくれて、ありがとう。  そう心の中でお礼を言った。 ****  いよいよ明日は兄さんの通っている高校の文化祭だ。兄さんと約束した通り13 時に高校の正門で克哉と待ち合わせをした。 「えーお前も13時以降に来いって言われたのか」 「あぁ、克哉もか」 「そーだよ。兄貴が真面目な顔で絶対に早く来るなって言うんだぜ。なぁ何かあると思わないか?」 「そうか。午前中は忙しいだけだろう?」 「そうかなぁ~ でもさ、来るなって言われると気になるんだよな」 「とにかくお兄さんとの約束は守れよ。俺は守るぞ。だから13時に門だ。分かったな」 「ちぇっ、分かったよ~」  明日の午後には、憧れの兄さんの高校へやっと入れる。  ずっと見てみたかった兄さんの高校生活。  兄さんの通っている学校は私立で規則が異様に厳しく、家族といっても部外者が容易に入れる環境ではないので貴重な時間だ。  さっきから胸が高鳴ってしょうがない。興奮で目が冴えて、すっかり夜更かしてしまった。でも流石にそろそろ寝ないとまずいよな。  眠る前にトイレへ行こうと襖を開けると、少し緊張した面持ちの翠兄さんが渡り廊下の向こう側から歩いて来た。 「兄さん、珍しいな。こんな時間まで起きているなんて」 「あっ流。まだ起きていたのか」 「うん、眠れなくて」 「そうか。もう零時過ぎているよ。早く寝なくちゃ」  兄さんはポーカーフェイスを崩さない。 「分かったよ。兄さんこそ、いつもはさっさと寝るのにどうかした?」 「いや……あっ流、明日は約束通りに13時以降に来て欲しいんだ」 「分かってるって。あっそうだ。友達と行くけど、兄さんと行動したいから、中でそいつとは別れるよ。兄さんは何時になったら大丈夫?」 「……そうだな、十三時半には大丈夫かな。ところで友達って?」 「あぁ、ほら兄さんの友達の弟だよ。克哉っていう奴。会ったことなかった?」 「……あ……うん、ないかな。達哉からたまに話を聞く程度だ」 「まぁ会わなくていいよ。危ない奴だからさ」 「流っ」 「ははっ、兄さんお休み。楽しみにしているよ、明日」 「うん、僕も流が来てくれるのが嬉しい。頑張れそうだ」  兄さんは一体何を頑張るのだろうか。  ここ数日、何かを乗り越えようと必死な様子が心配だ。たまに辛そうな表情を浮かべているのを、この俺が見逃すはずがない。  でも兄さんは何も話さない。  いつだって一人で頑張ってしまうから。  だから、何も聞けない。  今夜もこんな小さな疑問は飲み込んだ。 「お休み」 「お休み、翠兄さん」  たわいもない会話でも、こんな夜中に兄さんと二人きりで話せたのが嬉しかった。  とにかく早く明日になれ!  明日は文化祭だ。
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