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枯れゆけば 21
持っていた巫女の衣装は、流が背負っていたリュックに丸めて放り込まれてしまった。
「あっ、それじゃ皺になってしまうよ」
「馬鹿っ、悠長にそんなこと言ってる場合じゃないだろう」
「ご、ごめん」
「ほら、急いで」
流がどうしてそんなに怒っているのか、そんなに急いでいるのか。
その時はよく理解できなかった。でも更衣室から出て歩く僕たちの元へ駆け寄って来た人物を見て納得した。
少し赤茶色の髪の軽薄そうな男性には見覚えがあった。彼は寺で巫女姿の僕を女の子と見間違えて、いきなり触れてきた……達哉の弟だ。
「流! お前ちゃんと見張っていたのか。彼女はどこ行った?」
「あぁ? 彼女なら、もう帰ったよ」
「ええっ、どうして引き留めないんだよ」
「はぁ? なんで俺が」
「くそっ、また見失ったじゃないか。んっ、ところでこの人、誰?」
彼に真正面から凝視され値踏みされるように見られて、とても居心地が悪かった。どうやら僕は彼の絡みつくような視線がとても苦手のようだ。
「……俺の兄さんだ」
「えっ、嘘だろ? 全然似てないじゃんか」
「うっせーな! 兄さん、こいつは兄さんの友達の達哉さんの弟だよ」
流がどこか面倒くさそうに僕を紹介する。あの巫女が僕だってバレないように、視線を外しながら初対面の挨拶をした。
「……はじめまして」
「克哉です。どーも、へぇあの無骨な兄貴に、こんな美人な友人がねぇ」
まじまじと見られて、ひやりとした。でもどうやらあの巫女が僕だとはバレていないようで一安心だ。
「しかし、ほんと流とは似ても似つかないな。お綺麗なお兄さんですねぇ」
それでも不躾な舐めるような視線が不快だった。
「兄さんもう行こうぜ。克哉、悪いが中では別行動な。俺は兄さんと回るから」
「えっ、なんだよ薄情だな。このブラコンめっ」
「何とでも言え!」
****
「兄さんどこから回る?」
「そ、そうだね。まずは達哉のところに行かないと……その……あの衣装を返さなくちゃ」
「あぁそうだな。それにしても……この経緯は、俺にもちゃんと話してくれよ」
「う……ん」
「大丈夫だよ。そんな真っ青な顔するなって、俺は兄さんの味方だ。絶対に秘密は守るから」
やっぱり……兄さんは巫女姿でステージに立ったことを恥じているような素振りだった。全てを見て見ぬふりをしてもいいが、克哉が女装姿の翠兄さんと寺で対面してしまったのが気になって、問い正さずにはいられない。
後々厄介なことにならないといいが。
「実はあれは女装コンテストだったんだ。僕がその……クラスの投票で選ばれてしまって引き受けざるえなくて。それで達哉が衣装を貸してくれたんだよ」
「ふーん、やっぱりその手のイベントがあるんだなぁ、男子校ってさ」
「うん、伝統の行事とか言ってたかな」
「まぁもう終わったんだろ。じゃあいいじゃん。そんな気にするなって」
「はぁ……流はなんだか僕よりも年上みたいな言い方をするようになったね。それより……僕は流に見られたくなかったんだ。なぁ、見たのは後姿だけだよな」
兄さんが真顔で問いただしてくる。まさか横抱きされていたのを木の上から見てしまったと告げたら、卒倒しかねないから絶対に言わないよ。
もちろん俺にとっては、一生忘れられない光景けどさ。
あー! 達哉さん羨ましいよ。それ、俺がやりたかった!
兄さんを横抱きにして、そんで……そのままベッドに下ろしてシャツを脱がして、すべすべの肌に顔をそっと埋めてみたい。
ゴクリっ
唾を盛大に呑み込む音が、廊下に鳴り響いた気がした。
まずっ! こんな場所でエロ妄想っ!
慌てて横を歩く翠兄さんを見ると、怪訝そうな顔でじっと見ていた。
ば……バレた? 頭の中で考えていたこと!
「流はさっきから何考えているの?」
「えっと、いやっ」
「あのね、残念だけど……ここは男子校だから女の子なんていないんだよ? それなのに、さっきから鼻の下を伸ばして……全く。あーあ、流もすっかりお年頃なのかぁ……」
「はぁ?」
見当違いのことをブツブツと可愛い口で呟く翠兄さんが、今の俺にはこの上なく愛おしかった!
最高に好きだぜ! 兄さんっ。
大好きだ!
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