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届かない距離 4
※本日無理矢理な描写が多少あります。地雷な方は回避して下さい。翠と流の幸せな未来に向かって頑張って書いていきます。※
北風に吹かれながら、街灯の少ない歩道を歩いた。
達哉の家は鎌倉でも有名な『建海寺』という寺で、僕の家から歩いて十五分程の場所にある。
バスに乗るほどでもない距離だが、あまりの寒さに少しだけ後悔した。
しかも歩いているうちに、雪が少しちらついて来た。
さっき、流の様子が少し変だった。
いつになく素っ気なく、しかも怒っているようだった。
いつもならそこで流の言い分をゆっくり聞いてやるのに、今日の僕には出来なかった。
受験のために明日京都へ旅立つ荷造りをしていて、どうしても持って行きたい辞書を達哉に貸したままだったことに気が付いた。
早く返してもらわないと……
何故なら……あれは流がお年玉で僕の誕生日に買ってくれた大切なもので、僕の心のお守りなんだ。
流とすれ違ったのは、本当にそんな小さな焦りからだった。
小雪がちらつく中、達哉の家を訪ねると、お手伝いさんが出て来て不在だと告げられた。
困ったな……今日返してもらわないといけないのに。
すると今度は達哉の母親が出て来て、寒いからお茶でも飲んでいきなさいと強引に上がることを勧められた。
「あのね、実は達哉は今お風呂に入っているのよ。急かしても湯冷めしちゃうし、良かったら達哉の部屋で待っていて下さらないかしら?」
辞書を受け取ったらすぐ帰ろうと思っていたのに、半ば強引に引き留められてしまった。
早く帰らないと夕食の時間にかかってしまう。家には電話を借りて遅くなる事を連絡済だが落ち着かない。
達哉の部屋を見回すが、貸したはずの辞書が見当たらなかった。見えるところにあればよかったのに……まさか鞄の中を勝手に開けるわけにいかないし。
そんな焦る気持ちで出された熱い紅茶を飲みながら、達哉のいない部屋でぼんやり待っていると、急にドアが開いた。
あぁ、やっと達哉が来た。
「達哉、随分と長風呂だったな」
そう言いながら顔をあげると、そこに立っていたのは達哉ではなく、弟の克哉くんだったので、ギョッとした。
僕の顔を嬉しそうに覗き込んでくる。
「へぇ~ 珍しく兄貴に客だっていうから、てっきり彼女かと思ったら、あなただったんだ!」
ニヤニヤと嬉しそうに近づいてくるので、後ずさりしてしまった。
「流のお兄さんの翠さんか。わざわざ我が家に来てくれるなんて嬉しいな。相変わらず男にしとくの勿体ない程、綺麗っすよね」
そう言いながら僕の肩に慣れ慣れしく触れようとするので、つい手でピシャッと払い除けてしまった。
「おっと! おさわりは駄目? 翠さんって男のくせに繊細なんですね。あ……それとも、もしかして本当に兄貴のコレなわけ?」
「一体何を言っているんだ? 達哉とはそんなんじゃない。とにかく触れないでくれ! 君は失礼だっ」
侮辱された。
達哉と僕との友情、信頼関係を否定された気がして、ついむっとしてしまった。流と出かけに上手くいかなかったのが尾を引いていたのか、つい克哉くんを怒らせるような態度を取ってしまった。
いつもならもっと冷静に対処できるのに。
「なんだよ! 失礼ってなんだよっ」
ドンっー
一瞬何が起きたのか分からなかった。身体がぐらりと揺れたかと思うと、僕の視界には達哉の部屋の壁ではなく、天井が映っていた。
「え……」
何か酷く不安な状況だ。慌てて上体を起こそうとすると、年下とは思えない程の強い力で手を畳に縫い留められてしまった。
「何をする?」
「やっぱりこうやって真正面から見るとさ、翠さんってやっぱあの時の巫女さんに似ているよな~ あの巫女さん、俺のドストライク。すぐでにもやりたいっていうヤツ! でも翠さんを見ていたら、巫女さんじゃなくて翠さんがドストライクなのかもって思ってさぁ」
そう言いながら、克哉くんが体重を掛けながら、突然僕に覆い被さって来たので大声を出したくなった。
だが寸でのところで我慢した。
歯を食いしばって、屈辱から耐えた。
ここで大騒ぎになったら、達哉に迷惑がかかってしまう。
そう思ったら、喉が震え声が出なかった。
「なぁ、試しにキスさせてよ~ キスがいけたらドンピシャってことでしょ!」
「やめろ。僕は男とキスする趣味なんてないっ!」
達哉に似て立派な体格の克哉くんが、容赦なく僕の顎を掴んでくる。
い……嫌だ!
必死に首を左右に振ろうとするが、びくともしない。むしろ指先が喉に食い込んで顔をしかめてしまった。
「痛っ」
「へぇ……いいねその顔。男なのにそそられるなぁ。俺ね嫌そうな……痛そうな顔を見るのが大好きなんだ」
信じられない。
ここは達哉の部屋で、彼の家族も近くにいるのに……そんな場所で僕は達哉の弟に押し倒され手を拘束され、今まさにキスをされようとしていた。
こんな風に無理矢理襲うようなことを仕掛けるなんて、彼はどこかおかしい。近づいてくる顔から、僕は死に物狂いで必死に顔を背けた。
「ちょっと、じっとしろよ!」
両手で頬を挟さまれぐっと固定されてしまった。下半身に克哉くんが体重をかけてきて苦しく動けない。
押し潰されそうだ。
不快な黒い塊に。
もう駄目だ……なんでこんな場所で、こんな風に理不尽にキスを強要されているのか。諦めたくないが、諦めないといけない状況が刻一刻と近づいてきていた。
克哉くんの興奮した荒ぶる息が、鼻先にふっとかかった。
気持ち悪い……欲情した雄の臭いが立ち込める。
もう目を開けていられない。
ぎゅっと目を瞑じると、堪えていたはずの涙が一筋頬を伝った。
「へぇ、ここで泣くんだ。可愛いなー へへっ、うまそうな涙」
その涙をまず舌先でべろりと舐めとられた。
「ひっ……」
僕の手は頭上で拘束されたまま、彼の空いた片手が僕の胸元を布越しに弄って来た。
「くくくっ、せっかくのチャンスだ。こっちも触りながらがいいな」
せわしなく胸元を弄られる。
「ひっ……うっ……」
声にならない悲鳴がひっきりなしにあがってくる。
とうとう、胸の先の小さな突起を暴かれてしまった。
そこは自分でもついていることを意識していない。他人に触れさせたことがない場所だ。
「やだっ……やめろっ」
指先で手繰られ、見つけ出されてしまった粒を押しつぶすように抓られて、涙がまた零れる。
耳たぶをぴちゃっと舐められながら囁かれた。嫌悪感でブルブルと身体が震え出した。
「はぁ! 興奮するな。どんどんいい顔になってくるぜ。翠さん俺のオンナになれよ。さぁ唇もらうぜ」
いやだ!
心の中で何度も必死に叫んだ。
流っ、流……
助けてっ!
何故か切羽詰まった状況で出て来たのは、弟の名前だった。
弟の精悍な顔を、逞しい手を……
僕は必死に探していた。
求めていた。
流――
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