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別れ道 4
「兄さん、何かあったのか。まさか、またアイツに何かされたのか」
「……なっ……何もないよ。さぁ、もう戻るよ」
兄さんが慌てて部屋から出て行こうする。
いつになく焦った様子で、ますます怪しい。
「待てよっ」
兄さんの手首を掴むと、細い手首に一瞬狼狽えた。
その隙にバシッと強く振り払われた。
「あ……ごめん」
「いや……」
いつにない激しい拒絶。
絶対に何かを隠していると確信してしまった。
「兄さん……なぁ、こっちを向いてくれよ。頼む……」
「な……に?」
怯えたような表情。
右手を固く握りしめ、心臓の下にあてている。
拳はカタカタと小刻みに震えていた。
そこか……そこなのか!
「そこ、見せてみろよ」
「やめろ! 駄目だ!」
嫌がる兄を畳の上に押し倒し、ズボンからシャツを引き抜き、ばっと胸の下まで捲りあげた。
それにしても、どうしてこんなに痩せてしまった?
こんなんじゃ、誰でも兄を簡単に組み敷くことが出来る。
こんなんじゃ、本当に心配になる。
「やめっ……見ないで、見ないでくれ!」
兄が顔を左右に振って必死に嫌がる。
兄が服で隠していた部分には火傷の痕があった。
まだ少し膿んでいるような痛々しい痕だ。
小さな丸い形は……まさか煙草を押しつけられたのか。
一体誰が俺の兄にこんな仕打ちをしたんだ!
「お……おいっ兄さん……これどうしたんだよ! 一体誰にヤラレタ!?」
「流……痛いっ! 離してくれ……お願いだ」
「誰だよ! 兄さんをこんな目に遭わせたのは!」
怒りにまかせ、薄く儚げな肩をゆさゆさと揺らして問い詰めてしまった。
「離せっ……」
自分の下にいる、兄さんの蒼白な顔と震える身体にはっとした。
さらに畳に手首を痛くなるほど強く縫い留めているとこに気付いて、ぱっと手を離した。
駄目だ……俺……これじゃあの日の克哉と一緒だ。
「流、落ち着いてくれ……こ、これは……大学でふざけて怪我したんだ。だからお前は何も気にするな。兄さんは大丈夫だから……なっ」
まだそんなことを言う兄に無性に腹が立った。
「いい加減にしろよ! そんな火傷、そんな場所にするはずないだろう!」
「流……お願いだ。静かにしてくれ。もう本当に大丈夫だから、解決しているから大丈夫」
兄さん……また嘘をつくのか。
まさか、また俺を庇っているのか。
こんなの間違っている!
おかしい!
俺の手が離れると、兄は慌てて捲り上がったシャツを整え、俺をきっと睨み上げた。
その目……胸の奥が痛い。
いつもは優しい兄の気高い部分に触れると、いつだってこんな風に胸が痛くなる。
その時襖が開き、母が割り入って来た。
「ちょっとあなた達さっきからドタバタと何しているの?」
兄は慌てて俺を突き飛ばした。
「すみません。何でもありません。ただの兄弟喧嘩です」
「まぁ……いい歳して取っ組み合いなんてやめなさい。でも……翠がそんなことするなんて珍しいわ、何かあったの?」
「いえ……くだらないことです。僕……もう部屋に戻ります」
「兄さんっ」
うやむやだ。このままじゃ良くない。
そう思っているのに、母の手前、兄を言及することが出来なかった。
兄の自尊心――
それは俺が一番守ってやりたい大切なものだから。
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