別れ道 5

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別れ道 5

 *本日……少し暴力的な描写があります。翠と流は必ず幸せにしますので、どうかお付き合い下さい。 ****  自室に駆け込んで、僕は心臓を服の上からギュッと押さえた。  あぁ……どうしよう!  この醜い傷痕を、とうとう流に見られてしまった。  何があっても隠し通すつもりだったのに、流の力に抗えなかった。  傷痕も痛いが、その奥の心はもっと痛い。  絶対に流には言えないことだ。  僕に何が起きたのか――  僕が何をされたのか―― ****  大学生活はそれなりに順調だった。  思い切って都内の大学に通うことにより、新しい交流関係も広がり、どこか閉鎖的だった鎌倉での日々を忘れつつあった。  高校ではいろいろあったが楽しい思い出も苦い思い出も、もう遠い過去になっていた。  なのに……まさか、あんなことが我が身に降りかかるなんて。  あれはちょうど流の高校の卒業式のことだ。  急に葬式が入った両親の代わりに、僕が出席するように頼まれた。  正直に言うと断りたかった。  何故なら流の通う高校へは、近づきたくなかった。  理由は明確で、克哉くんがいるからだ。  あの日、克哉くんに力任せに押し倒され下半身を性的に弄られた傷は、僕の心の奥底を蝕んでいた。  こんなこと流には言えない。  もちろん親にも言えない。  事を荒立てたくなくて、流を守りたくてうやむやにしたのは僕自身だ。  だからこうなってしまった責任は全部僕にある。  一部始終を知っている達哉が、あれから必死に僕のことを気遣ってくれるのも申し訳なく「もういいよ。もう忘れた」と言うことで、過去から逃げて来た。  もう二度とあんな扱いを受けるのはごめんだ。  なのに運命というものは、時に過酷なことをする。  流の高校へ向かうために、人気のない公園脇を通った時だ。  突然茂みが揺れ中へと引き摺り込まれた。 「だっ、誰だ!」 「久しぶりですね、翠さん」 「なっ……」  一番会いたくない人に、こんな人気がない場所で会うなんて最悪だ。 「……克哉くん」 「いやだなぁ、そんなに怯えないで下さいよ。まだ何もしてませんよ」 「手を離してくれ」 「あぁ、もしかしてまた俺になにかされるとでも? それとも続きがしたかった? んー 相変わらず綺麗な顔ですねぇ」  顎を掴まれ、彼の顔が近づいてくることに、本能的な恐怖を覚えた。 「そんな目で僕を見るな!」  バシッ──  僕のプライドが許さず、思わず克哉くんの頬を、手のひらで叩いてしまった。 「痛てえなっ! ちょっとちょっと、それはないんじゃないですかぁ。あんたが大騒ぎしたせいで、俺はあの後兄からずっと監視されるようになったし、親からはネチネチと文句を言われるしで散々だったんだぜ。元はといえば、あんたが誘うような顔をしたからだろう」 「……いい加減にしてくれ! 僕が何をしたと」  気が付くとじりじりとまた距離が縮まっていた。  背中に白くざらついた壁が当たった。  何かと思ったら公衆便所だった。  ここは死角になってしまう。まずい! 「克哉くん、いい加減にしてくれ! もう離してくれ! 君だって卒業式に行くのだろう?」 「あぁ卒業式ね。めでたいっすよね。でもさぁ朝早く行くなんてかったるくて一服していたんですよ。じゃあ……翠さんと一緒に行こうかな? ひと遊びしてから。くくっ」  カチッ――  突然目の前で炎が上がった。  克也くんの息は煙草臭かったことに、今更ながら気が付いた。 「っつ」  それはライターの火で、克哉くんは焦らすように煙草にゆっくりと火を付けた。 「前みたいなエロいのと、熱いのどっちがいいかな」 「……やめてくれ」 「いやだね。気が済まない! あんたのせいだ! さぁ選べよ」  屈辱の選択だ。  ここにいるのは人間じゃない。  悪鬼だ。  僕の大事な親友の達哉の弟は、何故こうも僕を苦しめる?  この場から去るのが容易でないのは、あの日力ずくで押し倒されて理解していた。  体格差と体力差を恨むしかない。  でも僕は流の卒業式に遅れるわけにはいかない。  選ばないといけないのか。  屈辱か痛みのどちらかを…… 「……い…痛みを……」 「くっくくく! 笑えるな。涙ぐましい兄弟愛なんて糞くらえ!」  近づく手によって、シャツの裾をまくり上げられてしまった。  僕は動けない――  受け入れるしかないのか、こんな理不尽なことを。  ジュツっと皮膚が焦げるような匂いがすると同時に、心臓の下に激痛が刺さった。 「うっ!!」  痛みに耐えられず、反射的に渾身の力で克哉くんを押し返した。  バランスを崩した克哉くんの身体が揺れ、茂みも大きく揺れる。 「おい! お前らそこで何をしている?」  突然第三者の声が割り入って来た。  こんな姿……誰にも見られたくない!  僕は走った!  心臓の下が熱を持ちズキズキと痛む中、流が待つ場所へと――  流、流――
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