別れ道 6

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別れ道 6

※少々無理矢理な描写が入ります。苦手な方は読まずに回避して下さい。 前半の山場です💦 必ず翠と流は幸せにしますので……  心臓が痛い。  いや違う……そこではない。  心臓の上の皮膚がドクドクと熱をもって痛い。 「うっ……」  体育館の椅子で身動ぐたびに、着ているシャツと皮膚にこすれて飛び上がるほど痛く、顔をしかめそうになった。  堪えろ、我慢しろ……翠。  今は卒業式の真っ最中だ。  途中で席を立つわけにはいかない。  僕は両親の代理として来ているのだから。  流にも心配をかけてしまう。  耐えよう。耐えてみせる。  しかし……まさか克哉くんと出くわすなんて……最悪だ。  達哉の家に辞書を取りに行った日の騒動以来、僕は徹底的に彼を避けていた。流の高校にも、流が学校から呼び出された時の緊急の迎えのみで、それ以外は近づかなかったし、駅までのルートも変えていた。  達哉も弟が僕にしたことを察したようで、弟の話は一切しなくなった。  だから、もう過去になっていた。  もう忘れようと思っていた矢先だったのに。  彼の僕への関心会わない間に更にこじれ、こんなにも醜い恨みになってしまったのか。  僕が何をしたというのか。  いや……全部僕のせい、僕が招いてしまった災いなのだ。  だから流を守るためにも受け入れなくてはいけない。 「兄さん、どうしたんだ? ぼんやりして」  頭上から声がして、はっと顔をあげると流が立っていた。  制服のブレザーの胸元に花をつけて、卒業証書の筒を持っていた。 「あ……流。卒業おめでとう」  いつの間にか式が終わっていたのか。最悪だ。 「……どうして兄さんが来たんだ? 母さんが来るって言ってたじゃんか」 「うん、寺の方で急用があって」 「はぁ、またかよ。まぁ別にいいけどさ。兄さんはもう帰っていいよ。そうだ、これ持って帰ってくれない? 俺、このままクラスの奴と打ち上げに行くから」  座っている僕の胸元に、流の重たい鞄を放り投げるようにドサッと渡された。それが胸の火傷を抉るようにあたって、悲鳴が飛び出そうになった。 「うっ」  そんな僕の様子に、流がギョッとして顔色を変えた。 「えっ、兄さん? どこか怪我をしたのか」  心配そうな顔をさせてしまったので、慌てて取り繕った。 「いや大丈夫。ちょっとふらついただけ。相変わらず重たい鞄だね」 「……」 「おーい! 流こっちこっち。集合写真撮るってさ」 「おー分かった! 兄さん、気を付けて帰れよ」 「……うん」 「……なぁ、本当に大丈夫なのか、心配だな」 「張矢! 早くしろよ! 次のクラスが待ってるぞ!」 「兄さん、鞄はやっぱりいいよ。自分で持って帰る。それより……ここには」 「早くしろ! みんなお前を待っているぞ」 「あ、はい」  流は何か言いたげに口を動かそうとしたが、先生にも呼ばれたので行ってしまった。  これで良かった。  こんな傷、流に見つかったら何と言われるか分からない。  とにかく克哉くんとは、もう二度と会いたくない。  だが体育館で陰湿な視線を感じ辿っていくと、克哉くんがニヤニヤと笑っていた。  僕はそのまま逃げるように家へ帰り、誰にも見つからないように、救急箱を出して治療をした。火傷をすぐに冷やし処置しなかったせいで、治るのに時間がかかってしまった。  それで済むと思った僕が……甘かった。  あれから一年も……傷が治る頃になると、僕は克哉くんによって新しい傷をつけられていた。  何度か両親に相談しようと迷ったが、どうしても出来なかった。  事を荒立てたくなかった。  そもそもの発端は僕だ。僕が怒りの矛先を受けとめている間は、浪人生活を送る流が勉強に専念できると、歪んだ考えを抱いてしまった。  全ては初めから僕の判断が間違えていたせいだ。  僕はとにかく流を守りたかった。  何故なのか。  こんなにも流が愛おしくて守ってやりたいのは。  流の傍にいたいと願うのは。  僕ではない誰かの強い力と願いが体に漲るように、流のことを考えると僕は心が締め付けられてしまう。  間違っていてもいい。  お前のやっていることはおかしいと指さされてもいい。  僕はこの火傷位で済むのなら、甘んじてそれを受けることを選んでしまった。  結局、二か月おきくらいの頻度で呼び出された。場所は克哉くんの家の寺庭奥深くにある東屋だった。  流石にそれが一年近く続くと僕の火傷も治りが悪くなり、僕の精神状態も限界を迎えていた。 「もうやめてくれ。もういい加減に終わりにしてくれないか、こんなこと続けて何になる?」 「じゃあこの鎌倉から出てけよ」 「そんなこと出来ない。僕は……月影寺を」 「目障りなんだよ! 寺は流にでも任せて、あんたが出て行けばいいじゃねーか」 「なんで……そこまで僕を目の敵にする?」 「イライラするんだよ! その何でも耐えますっていう態度がさ! 親にでも告げ口して俺を訴えればいいじゃねーか。あんたの言うことなら誰でも信じるだろう?」 「そんなことは出来ない……これは僕の責任だ」 「ふんっ偉そうに、聖人ぶってさ。さぁ今日はどうする? そろそろ俺に抱かれるか。それとも煙草か」 「うっ……嫌だ!」    突然克哉くんに押し倒されシャツを思いっきり破られて、息を呑んだ。 「あー なんかむしゃくしゃする煙草はもうやめだ! なぁそろそろ抱かせろよ。この俺が一年も待ってやったんだぜ」 「やめろっ! 嫌だ!」  一番恐れていたこと。あり得ないことが目の前に迫って恐怖に震えた! 「誰か!」  口を塞がれる。 「静かにしろよ。翠さん! あんたをこの鎌倉にいられないようにしてやるよ」 「やめてくれ! あっ!」  着ていたシャツをビリビリに破かれ、上半身が露わになってしまった。  克哉くんがすぐに体重をかけて覆い被さってきた。 「や……やめろ!」  必死に助けを呼んだつもりだった。  だが……実際には恐怖に喉が震え、声は出なかった。 (流っ、流ー!)
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