幼き日々 4

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幼き日々 4

 寺の奥庭で、空が夕焼け色に包まれるまで兄と一緒に遊んだ。  虫を探したり、駆けっこをしたり、自由に走り回った。  俺がしたいこと全てに、兄さんが嬉しそうに付き合ってくれる。 「流、楽しい? 僕は流と遊べてすごく楽しいよ。次は何をしたい?」  俺は汗びっしょりなのに、翠兄さんは涼しい顔をしていた。  いつも爽やかな風が吹いている。 「すごく楽しい! 次は、あの木に登ってみるよ!」 「えっ? 流、あの木はちょっと高いよ」 「大丈夫だって。そこで見てて!」  俺が高い木に足をかけヒョイヒョイと登り出すのを、翠兄さんが心配そうに見守っていた。 「流、そろそろ……もう降りておいでよ」 「大丈夫だって! 俺、木登りも上手くなっただろう? 兄さん、ほらっ、ちゃんと見ていて!」  ふぅ! 今日は随分高いところまで登れたな。  ほら、翠兄さんがあんなに小さく見える。  それに空に思いっきり手を伸ばせば、オレンジ色の夕日を掴めそうだ。  暑い一日だったのに空に近い場所で感じる風は、澄んでいて森の緑の匂いがする。 「あー 楽しい! 兄さんと遊べてうれしいな」  一面の緑色の中に、翠兄さんの姿が見える。  深い緑色がよく似合う優しい兄の姿に、うっとりとする。  やっぱりきれいだよ。  それに、俺だけを見つめてくれるが嬉しい。  まるでここは俺と兄さんしかいない世界のようだ。  つまり……俺だけの翠兄さんなんだ。  何も遮ることのない風が、俺の頬をビュービュー掠めていく。 「りゅーう、風も出て木が大きく揺れているから気を付けて!」 「ははっ、兄さんは心配症だな。大丈夫だって! それより兄さんも登ってみない? 気持ちいいよ」 「……ぼ……僕には無理だよ。そんな高い所はとても」 「でも、きれいだ」  きれいなのは景色じゃなく、翠兄さんだ。  眩しそうに俺を見上げる兄さんの顔に夕日があたり、いつもよりさらに美しく見えた。兄さんの長い睫毛に夕日の影が出来ていて、頬も橙色に染まって妙に生々しく感じた。 「うっ……」  このドクンっと胸が跳びはねる気持ち、落ち着かない身体。    身体が熱くなってくるよ。  一体なんだろう?  もっと大人になれば、この時の気持ちをうまく表現できるのか。 「流──っ、どこにいるの? 戻ってきなさい!」  げげっ! 遠くから母さんの声が聴こえて来た。  かなり怖い声だ。  俺が連れ出したことがバレたら、翠兄さんまで怒られてしまうぞ。 「あっ……流、母さんが呼んでるから帰らないと」 「んっそうだね、今降りるよ」  翠兄さんにも聞こえたらしく、少し焦った表情を浮かべていた。  翠兄さんはいつだってきちんとした優等生だから、怒られ慣れてないんだ。  俺が早く降りないと、兄さんに迷惑をかけてしまう。  そんな焦った気持ちで降りたのがまずかった。  節があると思っていたところには何もなくて、そのまま足をつるっと滑らせてしまった。 「わっ!」 「流っ 危ないっ!」  木の枝に引っ掛かりながら、ずるずると落下していく俺。  まだ飛び降りるには高いところだった。  ヤバイ! こんな高いところから落っこちたら、大怪我をしてしまう!  どこかに掴まろうともがくが、何も掴めず、必死に手足をばたつかせた。 「わっ、わぁぁぁー」
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