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別離の時 3
酔いつぶれた俺は、不覚にも兄さんに肩を担がれて、よろよろと自室へと向かった。
「流、大丈夫か」
「うっ……頭がガンガンする」
「飲みすぎだよ、どうして……こんなになるまで」
心配そうに俺に話しかけてくれる兄さんの声が、ひどく懐かしい。
久しぶりに間近で聞く涼やかな声色が心地良くて、いつまでも喋っていて欲しくなった。
なぁ、兄さん……
俺だけを心配してくれ。
俺だけを見てくれよ。
俺のことだけを考えてくれないか。
そんなとんでもない我が儘を言いたくなる。
もうすぐ父となる人に――
「さぁ着いたよ」
俺の部屋に兄さんも一緒に入り、襖を閉める。
「あれ? 流はまた布団を敷きっぱなしだったのか。あれだけいつも言っていたのに、ふぅ……」
兄さんため息交じりの小言すら可愛い。
酔いが回り切った脳では、今がどういう状況なのか既に分からなくなっていた。
大好きな兄さんが帰ってきてくれたと錯覚していたのかもしれない。
「眠いんだ」
「わっ!」
二人して布団になだれ込んでしまった。
「参ったな。流は……もう僕より遙かに背も体格も良くなって……僕じゃもう……支えきれないな。おやすみ……流……久しぶりに会えて嬉しかったよ」
そんな言葉を置いて、俺の前から躊躇いもなく消えようとする兄に、思わずしがみついてしまった。
酔っぱらっていた俺は、力任せに兄を引き留めてしまった。
「兄さん、まだ行くなよ!」
「なっ……流? 手を離してくれ」
後ろから抱きついて、兄の両手を捕まえる形になっていたので、兄は困ったように体を揺すった。それが俺から逃れたがっている抵抗のように感じ、カッとしてしまった。
「行かせない、もうここに戻ってこいよ」
そのまま兄を仰向けにシーツの上に押し付けた。力任せに乱暴に扱った。
「なっ……流、酔っぱらっているのか。手を離してくれ」
兄の抵抗なんて簡単に封じ込められる。
手首を強く握られシーツに縫い留められたのに兄は羞恥を覚えたらしく、顔を赤くしてキッと睨まれた。
相変わらず毅然とした態度だ。
「流、何をする。もう離せ」
「イヤだ、離さない! もう……帰さない!」
そのまま兄の胸に顔を埋めると、トクントクンと心臓の音が聞こえた。
リネンのシャツ越しに、うっすら兄の乳首が透けて見えドキリとした。そっとその胸に触れると、兄はあからさまに身体をビクンっと跳ねさせた。
「流……何を? や、やめろ! どこを触ってる?」
恐怖に震えた涙声に、はっと我に返った。
あぁ……なんてことだ! 俺は兄さんを怖がらせてしまった。
こんな風に無理やり触れても、何も生まれないことを知っている癖に。
俺は馬鹿だ。
もう兄さんは結婚して、嫁さんの腹には赤ん坊までいるっていうのに、今更、何を求めて、何が欲しくて……こんなバカげたことを。
駄々をこねる子供だ。これじゃ……
「うっ……うう……」
いつの間に?
熱い涙が兄さんの顔にポタポタと落ちていった。
「りゅ、流、どうして泣く? 流……お願いだ。泣かないでくれ」
くそっ、この俺が泣くなんて……
はっ! 自分でも笑ってしまうよ。
「兄さん……どうして……俺を捨てた?」
「流……」
兄さんも苦しげに、俺を見上げた。
「流……ごめん。お前を傷つけるつもりじゃなかった……ただ……守ってやりたかったんだ……」
「俺がいつ、そんなことを頼んだ? 自分の身くらい自分で守れるのに!」
「流……落ち着いてくれ……流……」
この人は、いつまで俺を守るつもりなんだ?
俺が手放してやらないと……きっといつまでも自分を犠牲にしてしまう。
意を決して、覚悟を決めて……
苦しくて悲しいだけの存在に、兄さんはなってしまった。もう俺の兄さんなんかじゃない!
そう覚悟を決めて、どこまでも追い詰めるように責めるようにキッと見つめ返した。
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