別離の時 4

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別離の時 4

 どの位の時間、僕たちは見つめ合っていたのだろうか。  僕の弟、流に布団に薙ぎ倒されて、流の涙を浴びた。  苦し気な表情がやがて憎しみに変わっていくのを茫然と見上げていた。  もしかしたら、僕は今度こそ流を失うかもしれない。  流の僕への喪失感が、とうとう限界を超えてしまったのか。  流の涙はとても冷たかった。  ずっと熱い涙だと思っていたのに。 「翠さん、どうしたの? 今すごい物音が……」  近づいてくる足音は、彩乃さんのものだ。  僕は我に返り、流をドンっと押し退けた。  流の手にはもう力が入ってなかったので、いとも簡単に解けてしまった。  そのことにちくりと胸が痛んだ。  違和感も感じた。 「そこにいるの?」  彩乃さんは、流の部屋の前に既に立っているようだった。    僕は慌てて部屋から飛び出した。 「あ……ごめん。弟が酔っぱらって布団に倒れこんでしまったんだ」 「あぁ、それで下までドスンと響いたのね。弟くんは大柄で大変だったでしょう。で……もう寝ちゃったの?」  振り返ると、流はそのまま崩れ落ちるように布団に仰向けになっていた。 「……そうみたいだ」  その目には涙の筋が、ちらりと見えた。  流に触られた胸元がチリリと焦げるような気がした。  あぁ、どうしよう?  僕の心は……僕は……どこに行けばいい?  湧きあがろうとする想いを必死に捻じ込んだ。  ……  まだ駄目だ。  自分から求めたりしたら駄目だ。  また不幸が襲ってくる。  また離れ離れになるぞ。  二度と会えなくなる。  ……  いつも僕を襲うこの警告にも似た声が、また降ってくる。  この声に、僕はいつも抑制されてしまう。  どうして―― ****  夜が更けようとしている。  彩乃の希望通り、僕たちは、僕の部屋に布団を並べて眠ることになった。  母が嬉しそうに二つの布団をぴったりくっつけて、去って行った。 「ゆっくり過ごしてね」 「お義母さま、ありがとうございます」 「わぁ~ ここが翠さんの部屋なのね。ふーん想像通りきちんとしているのね」 「……そう?」  気が気でなかった。  だって……隣には流が眠っているから。  さっきもう一度覗いたら、あのまま熟睡しているようだったが。  彩乃さんが布団の上に僕を誘い、改まった様子で告げた。 「ねぇ……つわりも収まったし、先生に聞いてきたの」 「何を?」 「まぁ、翠さんって相変わらず鈍感ね。セックスしても問題ないんですって! 妊娠中でも体調、妊娠経過が良く、2人が共に望むのであればね」 「……そう」 「だから、今日シテ」 「え……だって隣には弟もいるし、無理だ」 「そんなことないわ。弟くんは酔いつぶれて眠っているでしょう。私も声控えるから、翠さんの部屋でなんて、滅多にないシチュエーションに火がついちゃったみたい。ねぇ早くシテよ。共に望んでいるんでしょう?」  強引に膨よかな柔らかい胸に、手を持っていかれる。  それでも戸惑っていると、注意するように言われてしまった。 「つわりで苦労したのは私なのよ。だから言うこと聞いて」  相変わらず有無を言わさないセックスだ。  僕の気持ちはどうでもいいのか。  だが彩乃さんがこうなった時は、言うことを聞かないと収まらないのを知っている。  無駄な争いはしたくない。  傷つけるのも傷つけられるのも流だけでいい。 「あっ……んっ」  彩乃さんの手に誘われるように、布団の上に押し倒す。  闇夜に紛れて、妊娠中の妻を抱く。  流に見つからないように、息を潜めて。  僕の男の部分が、感情を置き去りに、走らされていく。  求められるがままに、妻をこの手で愛撫する。  この手で……  幼い流の手を……  なぜか思い出す。
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