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別離の時 6
前置き
いつもスターやペコメ、スタンプで創作の応援ありがとうございます。
こちらは切ないだけの話が続いています。
耐えきれない方は、ぜひ『重なる月』の蜜月旅行編に飛ばれて下さい。
何もかも報われます。
➯https://estar.jp/novels/25539945/viewer?page=606&preview=1
また現在更新中の『重なる月』でも翠と流を救っています。
****
「翠さん、どうしたの? 顔色が悪いわよ」
洗面所で流にあからさまに無視され、動揺していた。
今までどんなことがあっても、流が僕をこんな風に扱うことはなかったのに。むしろ流の方から、いつも僕に寄り添ってくれたのに。
何かとてつもなく嫌な予感が、僕の心を占めていく。
暗澹たる未来に絶望が募っていく。
「まぁ、翠さんってば酷い顔色。うっ……あら……私もなんか気持ち悪いわ。もうつわりは収まったはずなのに……ねぇ背中を擦って」
「あっ……大丈夫か」
彩乃さんの背中をゆっくりと手のひらで擦ってあげていると、背中に視線をピリッと感じた。
振り返ると、流が僕たちを廊下の先から見ていた。
その目はとても冷たく、僕の知っている流の目ではなかった。
心臓が鷲掴みされたように息苦しくなった。
だが今はつわりで具合の悪い彩乃さんがいる。だからぐっと我慢するしかなかった。
流……まさか……
僕は……本当に流を失ってしまったのか。
****
あの日を境に、僕の心は死んだ。
いや……表向きは新婚の夫として、間もなく父親になる男として、懸命に明るく過ごしていた。
それでもふとしたタイミングで、流のあの日の冷たい視線を思い出しては、心の中で泣いた。
あらから流からの連絡は一度もない。実家へ電話しても出てくれなかった。
僕の判断が間違っていた。
そう後悔するしかなかった。
僕と彩乃さんの結婚は、流を守るどころか、流の心を抉り、深く傷つけてしまう行為だったのだ。
だが何もかも……もう遅い。
一度離れた心は簡単には戻って来ない。
そんな状態でも月日だけは淡々と流れ、彩乃さんは臨月を迎えていた。
彼女のは腹は満ち足りていた。
間もなく生まれてくる赤ん坊は、男の子だと聞いている。
願わずにはいられないよ。
どうか僕のように優柔不断なことしか出来ない男にはなるな!
自分の行きたい……生きたい……道を見つけて、そこへ向かって周りを薙ぎ倒してでも真っ直ぐに進んで欲しい。
薙ぎ倒せ。
ふっ……僕にはなかったな、そんな力強さ。
後悔しないように、人生を貪欲なほどに生き抜いて欲しい。
それに比べ僕の人生は一体何だったのか。
虚しい、虚しすぎるよ。
流にも彩乃さんに申し訳ないことをした。
都内の未だ馴染めない寺の縁側で、懐かしい北鎌倉へと想いを馳せていると、彩乃さんが近づいてきた。
「翠さん、いい加減に決まった? 赤ちゃんの名前」
「うん、決めたよ。『薙』はどうかな?」
「力強い名前ね! ナギ……なぎ……薙くん」
「……気に入ってくれた?」
「えぇ、とても! 早く会いたいわ。薙くん」
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