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幼き日々 5
その後はもう重力に逆らえず、地面に向かってザザッと大きな音を立てて落ちてしまった。
「わっ! わぁ――」
最後には視界が真っ逆さまだ!
これからやってくるであろう衝撃に、歯を食いしばって目をギュッと瞑って耐えた。
ドンっ!
その衝撃は、人とぶつかるような音と共に訪れた。
だが、何故か想像していたような痛さではなかった。
えっ、どうして?
不思議に思い、手で地面を確認すると、そこには!
「すっ! 翠兄さんっ!」
なんてことだ! 翠兄さんが俺の下敷きになっていた。
俺はちょうど胸に受け止められるような姿勢で、兄さんの身体に乗り上げていたので、慌てて飛び起きた。
二歳年上で身長差はまだ10cm以上あるけど、俺と違って細い身体の兄さんの上に俺が乗るなんて……なんてことをしちゃったんだ!
「兄さん、なんで!」
「流……ケガしてない?」
俺は両手両足を動かして、なんともないことを確認した。
そんなことより兄さんのことが気になってしょうがない。
「うん! 俺は大丈夫!それより兄さんは?」
「そうか良かったよ。流に怪我がなくてホッとした」
翠兄さんが俺の頭を撫でようと手を動かした途端、優しい微笑みは、激痛を耐えるものに急変してしまった。
「うっ」
「兄さん? どっ、どうしたの! どこかいたいの?」
「あなたたち! 一体ここで何をしているの?」
ちょうどそのタイミングで母が茂みから現れた。
咄嗟に翠兄さんが俺をかばうように、腕を押さえながら前に立った。
「母さん、ごめんなさい。僕が転んじゃって流が手当てしてくれていたんだよ」
「兄さん違う! 俺が悪いんだ」
「……流、あなたまた木登りしたのね」
母さんは俺と共に折れて落下した散らばる木の枝を見ながら、そう呟いた。
「とにかく二人とも怪我はないの?」
もっと怒ると思っていたのに、まず心配してくれたので、俺はコクコクと頷いた。だけど兄は真っ青な顔のまましゃがみこんでしまった。
どうしよう! 腕がすごく痛いんだ!
「母さん、ごめんなさい、僕……少しだけ腕が……」
「まぁ! 翠、早くみせてっ」
****
結局、母さんに支えられて帰宅した翠兄さんは、そのまま父の車で病院へ連れて行かれた。何時間も経ってようやく戻って来た時はギプスに真っ白な三角巾をしていたので、すぐに分かった。
どうしよう……腕の骨が折れちゃったんだ。
俺のせいだ。
俺が木登りなんてしなければ。
足をすべらさなければ。
「兄さん……ごめん、ごめんなさい」
「いいんだよ。流が怪我する位なら、僕でよかった」
「兄さん、本当にごめん」
「……よりによって右手だなんて。翠は利き腕なのに」
母さんが盛大な溜息を付く。
「あなた、困ったわ。明日からお盆で忙しいから、ずっと翠の付き添いが出来ないわ」
「うむ……誰かお手伝いさんに来てもらうか」
「そうね、これじゃお風呂も一人では無理だし、誰かいい人に頼めるかしら?」
「そうだな」
父と母が悩まし気に兄の今後の介助について相談している。
そんなの嫌だ!
知らない人に翠兄さんのお世話をお願いするなんて、嫌だ!
翠兄さんのことは、俺が全部してあげたい。
「そんなのいらないよ。俺が何でも手伝うから! 兄さんの右手になるからっ」
必死の想いで両親に懇願していた。
「流……そんな無理しなくていいよ」
翠兄さんは俺の必死な様子に驚いていた。
でも母さんは俺の真剣な訴えに耳を傾けてくれた。
「本当に流に出来るの? 翠のお世話。でももし出来るのならやってみる? 翠の利き手の代わりになれるの? お風呂や食事もちゃんと手伝えるの?」
「やるっ! 絶対にやる!」
あ……でもお風呂も?
翠兄さんの裸の身体をゴシゴシ洗う自分の姿を想像すると、顔がほわんと赤くなってしまった。
俺……やっぱり少し変かも。
でも、そんなことよりもまず任せてもらえるかだ。
俺はとにかくちゃんとやると、母さんに必死にお願いをした。
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