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父になる 5
月影寺に到着すると着くと、山門まで両親が迎えに来てくれていた。
だが、その中に流の姿はなかった。
出迎えなんて期待してない。
それは、そうなんだが、やはり胸が苦しいな。
目を凝らすと……山門の陰に幼い頃の流の幻を見つけた。
まだ小学生の流だった。
……
僕が小学六年生の冬、12月25日の終業式の後、通知表を持って北鎌倉の母方の祖父母宅へ帰省した。
今年は、このまま寺でクリスマスとお正月を迎えるそうだ。理由は、いずれ祖父が引退し、婿養子の父がこの月影寺の住職を継ぐらしく、その修行を兼ねての帰省だと、母から事前に説明されていた。
僕は大人たちの事情を呑み込めるが、二歳下の流はそうもいかないらしく、 到着してからずっと不機嫌そうに頬を膨らませていた。
「あーあ、せっかくのクリスマスとお正月なのに、地味なじいちゃん家で過ごすなんて、つまらないよー」
「……そんなにつまらないかな?」
僕の方はそうでもなかった。いつも忙しく海外を飛び回っている父さんがずっと家にいて、母さんもそれを嬉しそうにしている。家族一緒に過ごせるのが久しぶりで、ワクワクした気持ちだった。
「当たり前だよ! だって寺にはクリスマスツリーがないじゃん」
「あぁ、なるほどね。そういうことか」
「だから全然クリスマス気分が盛り上がらないんだよ」
いつも豪華に外を飛び回っているのに、こういう部分には細かいんだね。
「クリスマスツリーが必要ならば、僕たちで作ればいいんじゃないかな?」
弟が可愛くて、ついそんな提案をしてしまう。
本当に僕はこの二歳下の弟に弱い。
「流石兄さん! じゃあ一緒に探しに行こうよ。この寺には木が一杯あるじゃん」
「え……あ……それはそうだけど……」
「早速行こうよ」
「待って、丈も一緒に行こうよ」
「……いい」
部屋の片隅で本を読んでいた一番下の弟は、いかにも興味なさそうに即答した。
「……そうか、じゃあ行ってくるよ」
それにしても流は相変わらず活発だ。思い立ったらすぐに行動できる性格が羨ましいよ。
「あっ待って! コートとマフラーを」
ツリーは、絵や工作で作るのかと思っていたが、どうやら本物の木がいいらしい。勢いよく飛び出していく流を追いかけるのが大変だ。
「流、待って! あ……丈、ちょっと行ってくるね」
「……いいよ」
どうして僕の弟はこうも対極にいるのか。大人しく内向的な丈と活発で積極的な流。ふたりの弟に僕は振り回されっぱなしだ。
でもそれが嬉しかったりもするのだから、どうやら僕は根っからの長男気質らしい。
「おー この木なんていいじゃん!」
「そうだね」
「待てよ、やっぱり、この枝の形は気に食わないな」
「そうなの? 細かいね」
「飾った時のイメージまで見ているんだ」
「なるほど、じゃあこっちは」
「うーん、ここが気になる」
雪が降りそうな寒空の下、二人の鼻の頭が赤くなるまで探し回った。
小一時間は経っただろう。そもそも、ここは和風庭園だから、もみの木なんて存在しない。でも流にもこだわりがあって、代用品が何でもいいわけではないらしい。
「流、さすがにそろそろ決めないか」
「あ……ごめん、寒いよな。よし、これだ! これにしよう」
流が嬉しそうに指さしたのは、小ぶりな松の木だった。
「うん、そうだね。サイズ的にもちょうどいいかも」
「よし、持って帰るぞ」
「えっ? 駄目だよ。勝手に枝を折ったりしたらおじいさまに怒られるよ」
「いいじゃん、他にもいっぱいあるし」
「でも……」
流は僕の制止を聞かず、松の木の枝をボキッと豪快に折ってしまった。
「よし! これを持って帰って飾りつけしよう
「あーあ、流ってば……本当に折ってしまうなんて」
「兄さんは心配すんなって」
「でも……」
こんな時は小心者の僕より、流の方がおおらかで頼もしい。
「兄さん、早く戻ろう!」
「流っ! 待って、あっ」
「ほら、焦ると転ぶぞ」
「ごめん」
急に立場が逆転したみたいに手を繋がれ、グイグイ引っ張られた。
「いつまでも外にいるとまた怒られるだろう。兄さんはただでさえ風邪を引きやすいんだから」
そう言いながら僕の冷たくなった鼻の頭を、流が指先で擦ってくれた。
兄なのに弟にそんなことされて恥ずかしかったが、流の手がとても温かいので心地良かった。
「流の手、あったかいね」
「兄さん、絶対に風邪を引くなよ。遊べなくなる」
幼いと思っていた弟が、急に大人びた目をしたので戸惑ってしまった。
でも僕の心の奥底には温かい火が灯っていた。
流が僕を心配してくれるのが嬉しくて。
持ち帰った松の木に、流は早速飾りつけをした。
白い綿や折り紙の星、まだまだ幼い出来映えだが、僕たちだけのクリスマスツリーという秘密を共有出来て嬉しかった。
「丈、どうだ?」
「……悪くない」
末の弟もそんな様子をじっと見ては、満更でもないような表情を珍しく浮かべていた。
「お、珍しく丈が笑ったぞ」
「……流、丈はいつも心の中で微笑んでいるよ」
「へぇ、そうなのか」
「……すいにいさん、ありがとう」
「よーし、丈も一緒にクリスマスソング歌おうぜ!」
「……はずかしい」
「そっかー じゃあ丈の分も歌ってやる。まっかなおはなの~トナカイさんはー」
「くすくすっ、流のことみたいだね」
「はは! 兄さんの鼻も真っ赤だぞ」
「わ! 本当だ」
「はははっ!」
……
あの頃、僕たちのクリスマスは夢と希望に溢れていた。
笑顔の絶えない兄弟だった。
流、もう一度笑って欲しい。
僕に笑顔を届けて欲しい。
それだけでどんなに元気が出ることか――
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