父になる 5

1/1
前へ
/239ページ
次へ

父になる 5

 月影寺に到着すると着くと、山門まで両親が迎えに来てくれていた。  だが、その中に流の姿はなかった。  出迎えなんて期待してない。  それは、そうなんだが、やはり胸が苦しいな。    目を凝らすと……山門の陰に幼い頃の流の幻を見つけた。  まだ小学生の流だった。 ……  僕が小学六年生の冬、12月25日の終業式の後、通知表を持って北鎌倉の母方の祖父母宅へ帰省した。  今年は、このまま寺でクリスマスとお正月を迎えるそうだ。理由は、いずれ祖父が引退し、婿養子の父がこの月影寺の住職を継ぐらしく、その修行を兼ねての帰省だと、母から事前に説明されていた。  僕は大人たちの事情を呑み込めるが、二歳下の流はそうもいかないらしく、 到着してからずっと不機嫌そうに頬を膨らませていた。 「あーあ、せっかくのクリスマスとお正月なのに、地味なじいちゃん家で過ごすなんて、つまらないよー」 「……そんなにつまらないかな?」  僕の方はそうでもなかった。いつも忙しく海外を飛び回っている父さんがずっと家にいて、母さんもそれを嬉しそうにしている。家族一緒に過ごせるのが久しぶりで、ワクワクした気持ちだった。 「当たり前だよ! だって寺にはクリスマスツリーがないじゃん」 「あぁ、なるほどね。そういうことか」 「だから全然クリスマス気分が盛り上がらないんだよ」  いつも豪華に外を飛び回っているのに、こういう部分には細かいんだね。 「クリスマスツリーが必要ならば、僕たちで作ればいいんじゃないかな?」  弟が可愛くて、ついそんな提案をしてしまう。  本当に僕はこの二歳下の弟に弱い。 「流石兄さん! じゃあ一緒に探しに行こうよ。この寺には木が一杯あるじゃん」 「え……あ……それはそうだけど……」 「早速行こうよ」 「待って、丈も一緒に行こうよ」 「……いい」  部屋の片隅で本を読んでいた一番下の弟は、いかにも興味なさそうに即答した。 「……そうか、じゃあ行ってくるよ」  それにしても流は相変わらず活発だ。思い立ったらすぐに行動できる性格が羨ましいよ。 「あっ待って! コートとマフラーを」  ツリーは、絵や工作で作るのかと思っていたが、どうやら本物の木がいいらしい。勢いよく飛び出していく流を追いかけるのが大変だ。 「流、待って! あ……丈、ちょっと行ってくるね」 「……いいよ」  どうして僕の弟はこうも対極にいるのか。大人しく内向的な丈と活発で積極的な流。ふたりの弟に僕は振り回されっぱなしだ。  でもそれが嬉しかったりもするのだから、どうやら僕は根っからの長男気質らしい。 「おー この木なんていいじゃん!」 「そうだね」 「待てよ、やっぱり、この枝の形は気に食わないな」 「そうなの? 細かいね」 「飾った時のイメージまで見ているんだ」 「なるほど、じゃあこっちは」 「うーん、ここが気になる」  雪が降りそうな寒空の下、二人の鼻の頭が赤くなるまで探し回った。  小一時間は経っただろう。そもそも、ここは和風庭園だから、もみの木なんて存在しない。でも流にもこだわりがあって、代用品が何でもいいわけではないらしい。 「流、さすがにそろそろ決めないか」 「あ……ごめん、寒いよな。よし、これだ! これにしよう」  流が嬉しそうに指さしたのは、小ぶりな松の木だった。 「うん、そうだね。サイズ的にもちょうどいいかも」 「よし、持って帰るぞ」 「えっ? 駄目だよ。勝手に枝を折ったりしたらおじいさまに怒られるよ」 「いいじゃん、他にもいっぱいあるし」 「でも……」  流は僕の制止を聞かず、松の木の枝をボキッと豪快に折ってしまった。 「よし! これを持って帰って飾りつけしよう 「あーあ、流ってば……本当に折ってしまうなんて」 「兄さんは心配すんなって」 「でも……」  こんな時は小心者の僕より、流の方がおおらかで頼もしい。 「兄さん、早く戻ろう!」 「流っ! 待って、あっ」 「ほら、焦ると転ぶぞ」 「ごめん」  急に立場が逆転したみたいに手を繋がれ、グイグイ引っ張られた。 「いつまでも外にいるとまた怒られるだろう。兄さんはただでさえ風邪を引きやすいんだから」  そう言いながら僕の冷たくなった鼻の頭を、流が指先で擦ってくれた。  兄なのに弟にそんなことされて恥ずかしかったが、流の手がとても温かいので心地良かった。 「流の手、あったかいね」 「兄さん、絶対に風邪を引くなよ。遊べなくなる」  幼いと思っていた弟が、急に大人びた目をしたので戸惑ってしまった。  でも僕の心の奥底には温かい火が灯っていた。  流が僕を心配してくれるのが嬉しくて。  持ち帰った松の木に、流は早速飾りつけをした。  白い綿や折り紙の星、まだまだ幼い出来映えだが、僕たちだけのクリスマスツリーという秘密を共有出来て嬉しかった。 「丈、どうだ?」 「……悪くない」  末の弟もそんな様子をじっと見ては、満更でもないような表情を珍しく浮かべていた。 「お、珍しく丈が笑ったぞ」 「……流、丈はいつも心の中で微笑んでいるよ」 「へぇ、そうなのか」 「……すいにいさん、ありがとう」 「よーし、丈も一緒にクリスマスソング歌おうぜ!」 「……はずかしい」 「そっかー じゃあ丈の分も歌ってやる。まっかなおはなの~トナカイさんはー」 「くすくすっ、流のことみたいだね」 「はは! 兄さんの鼻も真っ赤だぞ」 「わ! 本当だ」 「はははっ!」 ……    あの頃、僕たちのクリスマスは夢と希望に溢れていた。  笑顔の絶えない兄弟だった。  流、もう一度笑って欲しい。  僕に笑顔を届けて欲しい。  それだけでどんなに元気が出ることか――
/239ページ

最初のコメントを投稿しよう!

882人が本棚に入れています
本棚に追加