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父になる 10
兄さんの手は下着を握り、戸惑いがちに布団の中に潜っていった。
おそらく穿いている下着を中で脱いでいるのだろう。重たそうな布団の中で膝を立て、モゾモゾと動きにくそうにしている。
それにしても、まだちゃんとパジャマの上着のボタンを留め切れていないから、上半身から下半身への肌色のライン、腰骨が露わになり、俺は頭にかっと血が上るのを感じてしまった。
落ち着け!
海やプール、銭湯でも他人の裸ならごまんと見ただろう。見慣れた男の裸体のはずなのに、どうして兄さんのは、こんなにも違ってエロく見えるんだよ!
結局、俺は何も変わってない。
変われていない。
この一年間兄さんを遠ざければ、少しは冷静になれると期待していたのに、 実の兄に欲情するなんて変態だ! 最低だ!
いつだって俺の我儘を何でも受け止めてくれていた兄さんでも、流石にそれは無理だと思ったから、俺を捨て、この寺から俺から逃げたのだろう。
だから……女と結婚したんだよな?
なのに俺が少しでも歩み寄れば、今でも心底嬉しそうな顔をしてくる。
産まれたばかりの薙と留守番をしている家に行った時だってそうだ。兄さんは俺の来訪を心から喜んでくれ、俺も奥さんがいないことに安堵し、久しぶりに気を許してしまった。
二人で抱いた薙は、まるで俺と兄さんの子供のようで尊い時間だった。
あの時の兄さんの柔らかい表情は、暫く頭から離れなかった。
ずっとあんな表情をさせてあげたかった。
俺の手で、兄さんを幸せにしてやりたかった。
「流……流……どうしたんだ? ぼんやりして」
兄さんに話しかけられて、はっと我に返った。
もう兄さんは着替え終わり、パジャマのボタンもきっちり襟元まで留めていた。その姿はいつものように禁欲的でストイックに見えた。それがひどくつまらなく感じた。
「なんでもない……それより洗濯物を渡せよ、洗わないと」
「……でも」
「いいからっ」
「あっ」
躊躇する兄からそれらを奪い取り、俺は部屋を飛び出した。
これ以上いても話すことがない。話せば話すほどおかしな方向に行ってしまいそうだし、また兄さんに悲しい顔をさせる言動をしでかしそうで、いられなかった。
握りしめたパジャマは、兄さんの汗でしっとりと湿っていた。
やっぱり、こんなに寝汗をかいていたのか。そう言えば、まだ顔色が悪かったな。また夜になったら熱があがりそうだな。
本当にあの人はいつまでたっても俺を心配させる。あんなに弱った姿で、俺を惑わすんだ。病気の兄さんに優しくしたかったのに……結局またこうだ。
俺はあれから自分の感情が上手くコントロール出来なくて、ずっともがきくるしんでいる。
廊下を走り脱衣場に駆け込み、洗濯かごの中に兄さんのパジャマを投げ入れた。すると足元にはらりと兄さんの下着が落ちた。
あれ? おいっ、いつのまにトランクスにしたんだよ。実家にいるときはボクサーブリーフだったのに。
ふんっ! どうせ嫁さんの趣味だろっ。もういいなりなんだな……兄さんは……彼女に……俺の出る幕なんてない。
だがしゃがんで拾おうと、それを手にした途端、雷に打たれたように動きが停止してしまった。
汗で湿ったトランクスの生地から、兄さんの雄の匂いを微かに感じた。
もっと嗅いでみたい。
だが、これは立派な変態行為だろう。
「流?」
葛藤で苦しんでいると、突然後ろから声を掛けられ、飛び上がるほど驚いた。
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