父になる 13

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父になる 13

 前置き…… こんにちは! 志生帆海です。 いつも読んでくださり、スターを送ってくださりありがとうございます。 『重なる月』を未読で、このじれったい展開が我慢ならない。早くすっきりしたいとお感じの場合『重なる月』の594話~完結後の甘い物語 『星の数だけ 1』以降、特に『蜜月旅行編』を読まれると流×翠CPに関して非常に満足されるかと思います。ちゃんとハッピーエンドですのでご安心を! あまりに切ない話なので……再度補足しておきます。 ****  俺の手に触れたのは、父親になったとは思えない、たおやかで繊細な翠の指先だった。 「流、早く治すよ。早く行きたいんだ。さっきの話が嬉しくて……あの、本気にしてもいいんだよね?」  どこか俺の反応を伺うように、そっと翠が聞いてくる。 「あぁ大銀杏も、今年は紅葉が遅くてまだ少しは残っているそうだ」 「良かった、本当なんだね。夢じゃないんだね」  信じられないと目を輝かせる兄さんの笑顔に、後悔が募る。  こんなことで、こんなに喜ぶなんて、俺は一体何を仕出かしたのか。 「とにかく早く治してくれよ。俺の兄さん!」  久しぶりに、はっきりと「兄さん」と呼んだ。  そう呼んでやれば、きっと喜ぶと思ったから。  翠が結婚してから「兄さん」と呼ぶ機会がめっきり減った。  それは意識的でもあった。  表立って兄に触れられないジレンマが、だんだん憎しみに変わっている。これはもうどうしようもない感情だ。心の奥底に捨てきれない兄への思慕、いやそんな可愛いもんじゃない。翠に恋するあまりの嫉妬心が芽生えているのは、確かだ。  だがこんな風に、また月影寺で二人きりで静かに話せると……そんな日頃の憎しみは全て忘れてしまう。 「ったく、相変わらず風邪ひくとこじらすんだな。今日はクリスマスイブだっていうのに、間が悪いのも相変わらずだ」 「間が悪いって……酷いなぁ」  翠は意外そうに目を見開いた後、くすっと可愛く笑った。  あー もうまたそんな顔して。  本当にこの人は……  なぁ、そんなに無防備に笑うなよ。  思いっきり、俺の胸に抱きしめたくなる。  さっきから疼く下半身がパンクしそうだってこと知ってんのか。  ここは暗いからいいが、明るかったらこんなにゆっくりしていられないんだぞ。 「なんだか急に熱が下がったみたいだ。流と話すだけで、元気をもらえるよ」 「そうか、ならよかった。ツリーも気に入ってくれたか」  翠が柔らかく打ち解けてくれるので、俺もどんどん心を開ける。 「すごく綺麗な飾りだね。全部流が作ったの?」 「あぁ、寺にあった水引とか拝借した」 「また! 父さんに怒られないかな?」 「大丈夫だって。気が付かれないように上手くやってる」 「ははっ、流は相変わらずだな。僕にもその技、伝授して欲しいよ」 「……そういう翠は元気に向こうでやっているのか」  余計なことを聞いたのかもしれない。翠の眼が急に暗くなった気がしたから。 「う……ん、なんとかって所かな。僕は都会よりも北鎌倉の空気が好きだから……なかなか苦労しているよ」 「そうか……まぁ久しぶりだし、ゆっくりして行けよ。さぁもう早く眠れよ。治らないと行けないぞ」 「うん、なんか流……急に大人になったね。これじゃどっちが兄だか分からないよ。兄として恥ずかしいよ」  布団に深く潜りながら、翠が目元を染めて呟いた。  翠が都会よりこっちが好きだと言ってくれたのが、嬉しい。  翠が俺を大人になったと言ってくれたのが、嬉しい。  結婚してからのわだかまりが一気に薄れていく。  幸せに酔いそうだ。  これは、つかの間の時間だということを忘れ、俺は悦に入っていた。 「翠、メリークリスマス」 「流、ありがとう。本当なら酒を交わしたかったね」  いつもは澄ました兄が、今宵は可憐に朗らかに笑う。  熱を出した後だからなのか。  潤んだ瞳も上気した頬も、何もかも可愛いとしみじみと思った。  可愛いだけでなく、色っぽいとも……  
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