幼き日々 6

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幼き日々 6

「じゃあ、流に任せようかしら?」 「俺、がんばるよ!」 「翠はそれでいい? 流は役に立つかしら?」 「えっ、あっ……うん」  兄は少しぼんやりとしていた。 「じゃあ、やっぱり流は翠と同じ部屋を使いなさい。丈は今年も私達と寝ましょう。丈、それでいい?」 「……」 「いいの? やった、やった! 翠兄さんと一緒の部屋だ」  翠がケガしても、うんともすんとも言わない丈は置いておこう。    自分がケガをさせたことも忘れて飛び跳ねて喜んだら、母にまた怒られた。 「こらっ、あなたって子は……あのね、今日は翠、熱を出すかもしれないから、大人しくするのよ」 「……はい」 「うん、わかった!」 ****  結局……意気込んではみたが、まだ幼い俺に兄の入浴の介助は難しく、母が兄の体を洗い、パャジャマ代わりに浴衣をはおらせた。  浴衣姿の兄は、少し気恥ずかしそうにしていた。 「さぁこれでいいわ。二人共、もう部屋に行って寝なさい」 「うん、おやすみなさい」 「何かあったらすぐ知らせるのよ」 「分かった」  俺達の部屋は寺の離れの一室だ。  去年もここに兄と一緒に泊ったことを思い出す。  よかった。  また今年も一緒に過ごせる。  やっぱりそれが嬉しくて仕方がない。  「兄さん、大丈夫?」  「ありがとう。でも、なんかカッコ悪いな。僕……」  「なんで?」  キョトンとしてしまった。  どうして兄はそんなことを言うのかな?  俺は兄のお世話ができてうれしいのに。 「だって……僕が流を小さい頃からいつもお世話して来たのに、これじゃ……逆だ。兄として恥ずかしいよ」  熱が少しあるのか、ほんのりと頬を赤く染めた兄が苦笑していた。 「たまにはいいじゃん! ってか、俺はもうなんでも自分で出来るよ。さぁ、布団をしくよ」  押し入れから布団をドサッと引きずり出して、乱暴に敷いていく。 「流、そこはもっと丁寧にやらないと、ああっ……こらっ、枕を踏んじゃだめだよ」 「もうっ兄さんは細かいな! ははっ」 「くくっ、まったく流は豪快だな。あっ痛っ」  俺が笑うとつられて兄も笑ってくれた。でもその拍子に腕に痛みが走ったようで、顔をしかめた。  ズキンと胸が痛むよ。 「痛むの? 兄さん、今日はもう寝た方がいいよ」 「そうだね。薬のせいかな? 眠くなってきたよ。流ごめんね、先に眠るよ」 「うん、俺、兄さんが眠るまでずっと傍にいるから」  布団に潜った兄さんは、相当眠かったようで、すぐに目を閉じた。  こんなにじっくりと間近で兄の顔を見ることがなかったので、ついまじまじと見てしまう。  長いまつげだな。  電灯の影が出来ている。  ほっぺたがピンク色になってきれいだな。  肌……すき通るように白いんだな。  そっか、今年は勉強ばかりで全然日焼けしていないからだ。  そのうちにすやすやと規則正しい寝息が立ち始めた。  やっぱり疲れていたんだな。  俺をかばって下敷きになったせいで痛い思いをさせてしまった。  兄さん、本当にごめん。  自分がケガしてまで、俺を守ってくれた兄さん。  俺、明日から兄さんの手となり足となって動くよ。  兄さんが大好きだから、そうしたいんだ。  できることなら、ずっと……  ずっと、ずっと  大人になっても一緒にいたいよ。 「はなれたくないよ……大好きな兄さんと」  まだ幼い俺の心の奥に、兄に対して切なく甘い想いが灯ったのは、この時だった。
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