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Yours
「もう、キツネのあなたとは、会えないんだね」
優那がポツリと呟くと、今更やん。一式は苦笑した。「そんなに気に入っとった?」
「気さくで素敵だと、思ってたから。可愛かったし」
「はは。そら、自分にだけやで」
「そっか……」──
──学校帰り、一式の部活が終わるまで、誰も居ない教室でシャボン玉を吹いていた。ただ、自分の周りにはもう人があまり居ない。ただ、佇んでいる。けれど、一式が居る。優那はそれで十分だった。けれど、欲を言えば初めて出会った時の、キツネの姿であった彼のことを、もう一度見たいな・なんて。思っていて、それを口にすると、一式はいつも困ったような顔をして笑うのだ。
カーテンの隙間から西日の光が差している。差し込んだ光の柱は、均一で揺らがない。しかし、視線を少し動かせば光の当たらない薄い陰の部分は、ひどく冷やかだった。まるでの対照的な光と影の境界線を見て、光の柱を見て。なんだか水面と水中のような。海の中へ差し込む光のコントラストのようにも見えた。
サッカー部の練習が終わると、一式は着替えて一年生の教室で一人、シャボン玉を窓の外に向かって吹いている優那を迎えに来る。一式とつるんでいるからというわけでもないが、優那を虐げたことで一年生数名相手に浅く怒り、全てを締めたという噂はすぐ学校中に広まっていた。一式は行方不明の少年から一躍問題児となったが、優那が自分を助けてくれたのだと訴え続けると、教員も皆少しは納得したようで許したのだ。軽い職員会議沙汰にはなったものの、部活停止にも何にもならなかったのは、それなりに一式が普通の生徒像であったからだろう。締められた生徒たちのほうがずっと問題児であったのだ。優那の訴えも通された。
そこで普通、王子様は「おれがやりたいからやっただけ」と言うのかもしれないが、一式は今にも鼻歌をうたいだしそうな様子で、黙って優那の言い分をこれみよがしに教員たちに聞かせていた。まるで怖いものなど何もない、そんな風に。
「優那」
通りがかりの人を呼びかけるような声。低く妙に色気のあるその男声に、優那はぼんやりと窓際の席でシャボン玉を吹く手を止めて外を眺めていたが、振り返るとそこには既に部活を終わらせ、制服に着替えてやってきた一式が教室へ入ってきていた。まるで、明け方の寒い光が、次第に闇の中に広がるような、そんな安心感を覚える。
「行こか」
「うん」
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