Yours

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 優那はシャボン液に蓋をして、席を立ってダッフルを着てマフラーをしていると、歩いてきた一式が「着膨れしてんで」と笑ったので、寒いのだめなんだ。と正直に言う。 「動けばぬくいけどなぁ」  そんなこと言ったって、運動神経悪いんだもん。そういったようすで優那は椅子を机の中へ戻し、行こう。と歩き出して教室の出口へ向かう。それを一式も追った。  廊下に人の気配はあまりない。生徒たちも、もう校舎を出てしまった者が多いようだ。ただ、並んで。歩いていると、優那から少しためらったあと、顔をあげた。「樂人(がくと)」 「ん」 「手、いい?」 「ああ」  ありがとう。優那はお礼を言って、少し顔が熱くなることを自覚しながら、一式の大きな手のひらに自分のそれを重ね、指をからませた。少し彼の手は、冷ややかだ。自分の手は暖かな場所にいたせいか、ほんの少しの熱を持っている。お気に入りの雑貨屋さんで暖かい手袋を買って手にして、通学しているけれど、帰りにこうしてつけないのは、このためだ。  付き合う仲になったということなのか。好きであることは事実だし、好意を抱いてくれていることだって、このあいだの件で明白だけれど、あれ以来キスをしたことだってないし、手を繋いで温もりを与え合うだけ。学校に復帰した一式の噂をよく聞くようになったり、彼がいかに腹の中が黒くて、嫌がらせをさせたら右に出る者は居ないということも知ったりもした。けれど、優那は自分に一度キスをしたという理由で脅してきたり、付き合ってほしいと言われたわけでもないから、多分何か違うのだろうと思っていた。そして、一式が腹黒く嫌なヤツということも、何か違うのだろうと思っている。他人のする噂話なんて、馬鹿正直に信じ込むのはドツボだから。目の前の樂人を見て、接して、そこから知っている彼を信じていけばいい。  手を握ると、もう自分の心が溢れそうになることを自覚している。けれど、自分はクラスでは浮いていて、疎まれた存在で、一式と過ごす時間が増えると、なんだか変わり者と呼ばれるようになったことを知っている。  もっとも、他の人間の言葉で、自分の人間関係を崩したり変えたりする気は、さらさらない。(多分、だけれど。多分で、いいんだろうな。)一式は、素敵な王子様ではないれど、とても自分を大事にしてくれる。
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