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05 揺さぶられる感情
「な、なんっ…………」
立ち上がる彼に咲紅は身構えるが、紫影は棚の救急箱を取っただけだった。
「あの輩と一緒にするな。手当てしてやると言っている」
唖然とする中、彼は手際よく薬や包帯を並べていく。
「早くしろ。脱がされるのがお好みか?」
「そ、そんなこと……あるわけ……!」
男らしく服を脱ぎ、半裸を晒した。
ところどころ掠り傷のようなものができており、気づかなかったが手首が一番ひどかった。
手の甲は青あざが浮かび、授業を受けていれば嫌でも目に入る。
「そこに座り直せ」
言われた通りにすると、紫影は椅子を引っ張ってきて後ろに座る。
触れられてもいないのに背中に熱がこもり、背中が丸まる。
男同士なのに、見られるのが恥ずかしかった。
「雄々しげに脱いだかと思えば背中は真っ赤だぞ」
「うるさい! 熱いだけだ!」
「咲紅の名に相応しいな」
背中は見えないが余計に赤く染まったと自覚があった。
「知ってたんだ……名前の漢字……」
「なんだ?」
「ッ……なんでもない!」
嬉しくて悔しくて、紅だけではないいろんな感情がカラフルになって、頭がおかしくなりそうだった。
軟膏を塗りたくられた背中は汗が滲んで滑り、紫影の手がよく動いた。
「前を向け……どうした?」
紫影は咲紅の丸まった肩に手をかけた。
「どうも……しない……っ」
「腹でも痛いのか?」
「いや……痛くない」
このところおかしいのだ。腹部が疼き、それが定期的に襲ってくる。かと思えば静まったり、体内の状況を知る術がないのが恐怖だった。
紫影は椅子の背もたれを掴むと、片手で簡単に半回転させた。
「あっちょ……!」
「薬を塗る。腹を見せろ」
足をぴったりと閉じたまま、蛇のように曲がった背中を伸ばした。
線は細いが、水泳と空手でほど良くついた筋肉が現れる。
俯いていても、紫影の視線を感じる。身体の異変に気づかれてはいけない気がして、自然と目が泳いでしまう。
「ひっ…………」
紫影の手が腹部に当たる。そのまま動かず、紫影は泳ぐ咲紅の目を見つめた。
「な、なに…………」
「腹は特に怪我はしていないな。どこに触れられた?」
「別に……ただちょっと腹を撫で回されただけだ。あと背中くらいで……」
腹部の手が上へ下へと動く。いやらしさはなく、まるで這い回った痕跡を消すような荒々しい動きだった。
意を決して彼の目を見る。もともと愛想がよくない顔だが、今は眉間に皺が寄っている。
「もういいだろ! 腹は怪我してない!」
「ああ、そのようだな。何かあったらすぐに来い」
「警備課へ? なんで?」
「お前たちの相談も受けるのも仕事の一つだからだ」
「警備や贄生の面倒だけじゃなかったのか」
「雑用含む、だ。悩みを聞いて、脱走する生徒が減るなら安い。簡単な怪我の手当もできる」
耳の痛い話だ。
「あまり無茶はするなよ」
厳しい目は穏やかなものに変わっていく。
初めて見た目だ。会ったことのない親のような慈しみ、愛でるような目に耐えきれなくて、やはり咲紅は視線を外した。
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