それは3人から始まった

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 高速のパーキングに着くと私は一目散に走った。ニコチン切れだ。年に一度の社員旅行。バス旅行は楽でいいが、車内でタバコが吸えないのが玉にキズ。パーキングの一番端っこには喫煙スペースがある。お土産物屋やレストランやトイレを走り抜け、やっと辿り着いた憩いの場。切れた息を落ち着ける間もなくタバコに火を点ける。さっさと吸わなければ集合時間に遅れてしまう。忙しないが仕方がない。これがなければ生きていけない。 「あ、村瀬(むらせ)さんもタバコ吸うんだ」  私が半分ほど吸った所へ営業部の棚橋(たなはし)さんがやって来た。同期入社で顔だけは知っている。でも部署が違うので話した事はない。 「女がタバコ吸うのは嫌われるのよね」  ちょっと不貞腐れて私は灰皿に吸い殻を入れた。 「別に。僕はカッコいいと思うよ。ところで経理って大変でしょ? 毎日数字ばっかり相手にしてさ」 「仕事ですから」 「僕にはできないなあ。人と話してた方がいいや」  そう言いつつ棚橋はタバコに火を点けた。 「でも営業も大変そう。変なお客様もいるんじゃないんですか?」 「そうなんだよ! この前もね……」  話した事もなかった相手とも仲良くなれる。タバコって最高のコミュニケーションツールだ。私ももう1本タバコを取り出し火を点けた。話してみるとさすが営業、話がうまい。ついつい話が盛り上がってしまった。 「そろそろ集合時間じゃないですか?」 「あ、そうだね。また夜話そうよ」 「はい」  私と棚橋さんは急いでバスへと向かった。 「あ、社長!」  社長がお土産物屋の前でうろうろしていた。 「ん、誰だ? うちの社員か?」  社員なら誰でも顔を知っている社長。でも社長は殆どの社員の顔を知らない。まあそんなもんだろう。 「はい、営業部の棚橋です!」 「経理の村瀬です!」  私と棚橋さんは気をつけをして自己紹介した。 「そうか、よろしく頼むよ」 「社長、そろそろ集合時間ですが」 「それが眼鏡をトイレに置き忘れて来てしまったみたいなんだ」 「僕が見つけて来ます! 何処に入られたんですか?」 「男子トイレだ」  そりゃそうでしょうとも。
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